原発被害の地から「医療の未来」を創り出す 新世代リーダー 原澤慶太郎 南相馬市立総合病院医師

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坪倉や原澤の赴任は、原発事故直後に4人までに激減していた南相馬市立病院にとって、一騎当千の援軍だった。彼らの活躍は、亀田総合病院の先輩医師で、『医療崩壊--「立ち去り型サボタージュ」とは何か--』の著者として名高い小松秀樹医師のブログでの発信などを通じて全国に知れ渡ることになる。そして我も続かんという医師が全国各地から現れ、南相馬市立病院の常勤医は現在、20人を数えるまでになっている。

高齢者宅での訪問診療。患者の自宅での療養生活を支える

原澤の活躍の舞台である在宅診療部は現在、3人体制で切り回している。自宅を訪問している患者の数は約30人。かつては病院で長期入院を余儀なくされていた患者の自宅での療養生活を支えている。

南相馬市原町区の仮設住宅で83歳になる父親を介護する奧山常明さん(53)は「先生が仮設住宅までわざわざ訪問診療に来て下さるのはとても助かる」と語る。原発事故後、身体の具合の悪い父を連れて自家用車の車中で避難生活を続けた奧山さんは、原発事故前の自宅に戻ることもできず、かかりつけ医とのつながりも断ち切られた。それだけに「市立病院で訪問診療をしてもらえて本当に心強い」という。

南相馬は日本の未来、だからこそ改革を

とはいえ、南相馬市内の医療事情はきわめて厳しい。震災前に1300床以上あった市内の病院の病床数は現在、半分以下に減ったままだ。というのも、原発事故後、人口の激減とともに多くの医師や看護師が市内を離れ、今も多くが戻っていないためだ。原澤ら全国から駆けつけた医師も少なくないが、市内トータルで見た場合、医師や看護師不足はきわめて深刻だ。そのうえ、内部被曝検診など原発事故前には存在しなかった業務も新たに加わっている。南相馬市立病院の金沢幸夫院長は「特に看護師不足がネックになり、十分な医療体制を組むことができないのが悩み」と打ち明ける。

それでも原澤は、南相馬での取り組みの将来性に確信を持っている。「原発事故後にさらに高齢化率が上昇した南相馬は日本の未来の姿。言葉を換えると、この地での知見は必ず全国に役に立つ」。ここで鍵を握るのがIT(情報技術)にほかならないと原澤は確信している。

南相馬市民全員にICカードを配布する構想はその代表例だ。ICカードには、患者の基本情報(住所、氏名、生年月日など)や病歴、服薬歴、血液型のほか、延命治療の希望の有無などの情報などを盛り込むことを検討している。この「市民ICカード構想」は政府の予算を獲得したうえで今年冬にも実証実験を行い、さ来年度からの導入を視野に入れている。さらに将来は、ホールボディカウンターでの内部被曝データや緊急避難時の情報など、南相馬固有の情報もICカードを通じて把握できるようにしたい考えだ。

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