労働者の楽園、北九州「角打ち通り」の吸引力 マツコも「残したい」、貴重な酒場の数々
すると、隣にいた初対面の男性が、ぎゅっと握手してきた。見るからに筋肉質だ。痛い痛い。力が強すぎる。そして突然、脈絡のないエールを送ってきた。「おまえが頑張るなら、俺は全力で応援するぞっ」。すでに完全な酔っぱらい状態だった。
そうかと思うと、店の居間ではリーゼントヘアの男性客(45)がテレビを見ながら、不思議なものを飲んでいる。
2リットル入りペットボトルのウーロン茶のようだが、何と「コーヒー焼酎」だという。店で買った麦焼酎をペットボトルに注ぎ、コーヒー豆を入れること1週間。琥珀(こはく)色に染まったころが飲み頃とか。一口いただくと、大人のほろ苦さとコーヒーらしい香ばしさが口の中に広がった。
「おいしい」と声をそろえる社長たちを横目に、男性は「指マドラー」と称して人さし指でグラスの中の氷をぐるぐるぐる。ロックで立て続けに3杯を飲んだ。
ペットボトルの酒は店の棚に置いておき、仕事が終わると毎日飲みに来る。「午後4時ぐらいからウズウズする」らしい。
「私が捨てたオトコよ……」
そんなこんなで、気づけば6軒をハシゴしていた。
艶っぽい話はなかったが、唯一、おでん屋のママ(70)が「私が捨てたオトコよ」と、石原裕次郎とのツーショット写真を見せてくれたのがご愛嬌。持ちネタらしく、常連たちの笑いを誘った。
午後11時すぎ。社長たちはふらふらと帰って行った。案内役の島田さんと2人で見送りながら堀川に目をやると、水面にネオンが映っている。
だが、このネオンも、長くは続かないかもしれない。市の土地区画整理事業の対象で、今の建物は2020年度以降に取り壊され、25年度までに道路などが整備されるという。
帰り道。島田さんが語り始めた。福井県出身。20年ほど前、縁あって折尾に移り、起業した。「カネがないときもあった。それでもここは、安く飲ませてくれた。私を受け入れてくれた」
働く者たちにひとときの安らぎを与えてきた角打ち通り。できる限り変わらないでいてほしい、と願って帰路についた。
(文:吉武 和彦)
qBiz 西日本新聞経済電子版
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