伊東:そうなんですよ。万引きは規範意識でなくなるものだと警察は考えているようですが、空腹や貧困を前に規範意識は無力です。僕も、売れ残ったらどうせ廃棄してしまうのだから、一個くらい食べさせてあげたらいいんじゃないか……と人情としては思ってしまいます。捕まえても反省せずに「お腹が空いていたから仕方ない」と居直る人もいますね。
ウナギ、高級寿司、お酒
伊東:一方で、「贅沢がしたかった」といって、高額商品を万引きするケースもあります。多くがひとり暮らしの老人で、年金や生活保護をもらって生きています。生活がぎりぎりなので、マグロを買いたくても、赤身しか買えない。でも、ときには中トロが食べたくなります。だから盗む。「ちょっと贅沢したい」というのがキーワードです。ですので、盗るものはちょっと高価なものです。
僕が捕まえた中に、末期がん患者だけど、治療を十分に受けられない老人がいました。「死ぬまでに、好きなものを目いっぱい食べてやろうと思った」と、ウナギのかば焼き、高級寿司、お酒を盗んだのです。身寄りもなく、簡易宿泊所で生活をしているようでした。「俺なんか誰も迎えにきてくれない」と投げやりで、逮捕でも何でもしてくれと、あきらめた表情をしていました。でも、警察署も受け入れたくない。逮捕さえしてもらえない状況です。
常見:なぜ逮捕しないのでしょうか?
伊東:身柄を引き受けると保護責任が出てしまうので、警察は逮捕したくないのです。ただでさえ刑務所は高齢者であふれかえっています。現代の「姥捨て山」のようになっているんです。警察の逮捕要件は「カネなし、ヤサ(住居)なし、ガラウケ(身柄引受人)なし」です。これがそろう状況にある路上生活者が捕捉された場合、被害届を受理してしまうと逮捕しなければならなくなる。そうなれば留置場に入れることになり、三食付きの寝床を与えることになり罰にならないので、この人たちは娑婆(シャバ)にいたほうがつらい、同房者が嫌がるなどと言って放免してしまうことも多いです。
また、障害を持った夫と一緒に、生活保護を受けながら暮らしている老女を捕まえたこともあります。彼女はスーパーで万引きを繰り返していました。生活保護を受けているんだけれど、どうしても足りない。僕が捕まえた時は、マスクメロンやさくらんぼなど、高価なものもカバンに入れていました。
貧困とはいっても、食べるものがないわかりやすい貧困ではなく、生きていけはするんだけど、余裕のない「貧困」です。こういった人は、明日の生活が不安なので、日常品を万引きするときは、明日の分なのでしょうか、どうせ盗むならといった気持ちからなのか、2個ずつ万引きすることが多いです。
福祉制度の問題だと思うのですが、日本の生活保護の受給額は、ギリギリなラインをついているのだと感じます。そういった人は、万引きをする前に、スーパーの袋を多く持って行ったり、店で買っていないのに氷を持っていったり、しょうゆやガリを多めにとっていったり、試食だけしたりと、図々しくも厚かましい「迷惑行為」をしていることが多いです。そういったわかりづらい「貧困」が今は増えていると感じます。
常見:まさに「相対的貧困」ですよね。必ずしも食うものに困っているわけではないが、生活は苦しい。平成22年度の調査によれば、単身高齢者の男性28.7%、女性46.6%が相対的貧困だと言われています。
伊東:万引き現場にいると、この相対的貧困が蔓延していることが非常によくわかります。
(後編に続く、構成・写真:山本ぽてと)
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