ロボットアドバイザーでおカネは増えるのか 「フィンテック」という言葉がもたらす錯覚

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それは、将棋や囲碁は人間同士の勝敗を決するゲームで、「敵」に勝つという相対的目標を達成することであるのに対して、資産運用には「敵」はいないからである。あるのは、投資家が期待する時間軸を含めた「収益目標」を達成出来るか否かという絶対的目標である。

勝ち負けを決する試合の場合、局面局面での優劣の判断は、ロボットで十分可能である。また、ロボットは人間と異なり、疲労や心理的動揺がないなど、人間との戦いでは有利な要素も持ちあわせている。

しかし、資産運用は敵との戦いではないため、こうしたロボットが持つ優位性は、発揮しにくい分野だといえる。

将棋や囲碁でコンピュータがトッププロを凌駕するレベルへ進歩して来たのは「ディープラーニング(深層学習)」によるところが大きいと言われている。

「ディープラーニング」の効果が発揮できるのは、将棋や囲碁は持ち時間がタイトル戦でも各9時間程度であり、長くても2日で結果を確認することが出来るからである。

これに対して、資産運用の持ち時間は5年、10年、20年と比較できないほど長いため、局面局面での優劣の判断の重要性が低い上に、コンピュータが結果を検証するのに長い時間を要する。これはコンピュータが学習するのに、長い時間が掛かるということでもある。

資産運用の分野でコンピュータが必ずしも人間を超える能力を発揮していないことは、ヘッジファンドの苦境ぶりからも明らかだ。実際、大手新聞によると、7月はヘッジファンド業界全体から252億ドルの資金が流出したという。こうした、資産運用にコンピュータを駆使するヘッジファンドが苦境に陥っているという報道自体、現時点ではコンピュータの投資判断能力は期待するレベルに達していないことを明らかにするものだ。

「資産配分の提示」と「資産配分が適正か」は別問題

現実を見る限り、「年齢」と「投資経験」などといった簡単な質問に答えるだけで、「ロボットアドバイザー」が適切な資産構成を提示できることは不可能に近いと言える。「資産配分を提示する」ということと、「提示された資産配分が適正であるか」は別問題だということを、認識しておくべきである。

米国ではFRB(米連邦準備制度理事会)が「金利の正常化」と「準備預金の正常化」という二つの「正常化」という人類始まって以来の「正常化」を目指している。一方、日本では「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)と日銀を合わせた公的マネーが東証1部上場企業の4社に1社の実質的な筆頭株主」になるという前代未聞の状況になっている。こうしたことをコンピュータはどのように判断するだろうか。

一つだけ確かだと筆者が考えることは、コンピュータが「ディープラーニング」をする時間はないということだ。「インターネット」や「ファンド」といった新しい聞きなれない言葉が出て来た局面では、多くの投資家がそれを「打出の小槌」であるかのような錯覚と過度の期待を抱くものである。

最近の「フィンテック(ITを活用した金融、決済、財務サービス)」に関しても、同様のことが起きている。これが25年強、金融業界に身を置いて来た筆者の経験に基づく「表層学習(Surface learning)」で導き出した結論である。

近藤 駿介 金融・経済評論家/コラムニスト

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こんどう しゅんすけ / Shunsuke Kondo

1957年東京生まれ、早稲田大学理工学部土木工学科卒業後、総合建設会社勤務を経て、31歳で野村投信(現野村アセットマネジメント)に入社。株式、債券、先物・オプション取引等を担当した後、野村総合研究所に出向しストラテジストとして活躍。再び、野村アセットに戻ってからは、担当ファンドが東洋経済の年間運用成績第2位に選出されるなどファンドマネージャーとして活躍。その他、運用責任者として、日本初の上場投資信託(ETF)である「日経300上場投信」の設定・上場を成功させ、1996年に野村アセット初のプロフェッショナル・ファンドマネージャーとなる。現在は金融や資産運用に関する客観的な知識を広めるべく、合同会社アナザーステージを立ち上げ、会長兼CEOとして、一般向けの金融セミナーや投資セミナーなど専門家向けセミナー等も開催中。自身が手掛けるメルマガ『マーケット・オピニオン』は、個人投資家から圧倒的な支持を得る。

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