「A5」の肉が最も美味しいとは限らない理由 「儲かる牛」と「美味しい牛」の違いは何か

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お肉の値段を決める「重量×単価」のうち、単価を価値付けるのは「霜降りの度合い」である。より多くのサシを入れて格付け「5」を獲得し単価を上げるため、生産者は必死である。

きれいにサシを入れるためには、「脂作り」の期間に飼料の中のビタミンAの分量を減らしていき、牛の栄養を偏らせて不健康な状態にする。そうするときれいにサシが入るため、さらに食欲増進のためにマッサージをしたり、リラックスさせるためにビールを飲ませたりしていく。最終的に肝硬変になったり、糖尿病になったりする牛も出てくる。

霜降り肉というのは、それほどまでに過酷な牛の内臓との戦いなのである。そうまでして作られた霜降りは美味しいのであろうか?

美味しいサシは、「粒子が細かい」「融点(融けだす温度)が低い」といった特徴を持っている。粒子の細かさは、飼料にこだわり、とうもろこしなどを多く与えていくことにより、一般の牛の脂質との差が大きく開く。また、メス牛の方が融点の低い脂になるのだ。

儲かるきれいな霜降りを作るか、美味しい脂作りをするか。牛にかける負担、経済性……生産者の思想によるところが大きいのである。

「生産者は思想家である」

かつて「霜降り」のお肉がもてはやされ、お肉といえば霜降りであったが、年齢的に脂が食べられなくなったり、健康志向が高まったりなど、さまざまな要因で時代は「赤身」、「熟成肉」、「レア寄りのお肉」、「シャルキュトリー(肉惣菜)」などにシフトしてきている。

正しい知識を身につけずに消費活動を続けていけば、それはいたずらに生産者をもてあそぶ結果になりかねず、食の安全や、食の未来を脅かすことにもなりかねない。「A5のお肉」が、お肉の美味さの指標のすべてではなく、実はお肉の生産に深く結びついているのである。

「生産者は思想家である」。さまざまな生産者が、それぞれの牛作りを実践している。みんな違ってみんないいのである。それでも、1人でも多くの消費者に、「美味しい牛」を作るためには生産者の努力と苦労が存在し、そこを理解したうえで買い支えることによって生産者が守られること、それは食の未来を繋いでいくことにつながることを知っていただけたら、と願ってやまない。

千葉 祐士 門崎熟成肉 格之進 代表

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ちば ますお / Masuo Chiba

1971年、岩手県一関市生まれ。1994年東北学院大学経済学部商学科卒業。1994年大倉工業入社、1999年より外食事業を展開し、五代格之進を開業。2004年丑舎格之進 川崎本店、2006年格之進TOKYO(練馬区桜台)開業。2008年10月に株式会社門崎を設立し、2010年格之進R(六本木)開業。2013年ミートレストラン格之進(一関)、焼肉のろし(岩手県陸前高田)、2014年肉屋格之進F(六本木アークヒルズサウスタワー)開業。2015年11月格之進Rt(代々木八幡)をオープン。現在は「門崎熟成肉」の牛肉販売、卸・食品加工、店舗運営、飲食店運営サポート事業、牛肉の啓蒙活動を行う。
 

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