検証・三光汽船 2度目の破綻の真相

海運市況の崩壊で”座礁”

船不足の時代が来て、荷主は安定輸送に支障が出かねないと慌てて船を長期で押さえにかかっていた。破綻の記憶も薄れた中、三光にもようやく長期契約のチャンスが来た。

このとき長期契約に舵を切っていれば、破綻を免れたかもしれない。しかし、三光は事業モデルの変化を拒み、市況商売の拡大にさらにのめり込む。マーケット商売こそ三光のDNA。業績の急向上が、その自信を揺るぎないものにした。「ようやくわれわれの時代が来た」。当時の経営幹部は高揚感を隠さずに語った。東証1部への再上場が視野に入っていた。

松井毅前社長をはじめとする当時の経営陣にとって、再上場は悲願である。85年の失意の破綻から完全復活を遂げたいとの思い、迷惑をかけた株主に報いたいとの考えが強かった。好業績を上げ続けて、上場時の時価総額を上げる。上場へのプレッシャーがハイリスク型経営の継続を許し、事業モデルの転換を遠ざけた。

上場はすぐ目の前にあったが、08年9月のリーマンショックで暗転する。ピーク時の大型バラ積み船のスポット用船料は1日当たり20万ドルだったが、リーマン後は一時2000ドルと100分の1に急落した。

海運大手首脳によると、これほどまでの市況大変動は、世界初のバブル経済が起きた1630年代後半、オランダにおけるチューリップバブル崩壊以来だという。リーマン前後の値動きはそれほど激しかった。

今回ほど極端ではなくても、昔から海運市況は乱高下してきた。海運業とはこのマーケットに正面から対峙することにほかならない。しかし、三光は来るべき不況への準備を怠った。好・不況に素直に反応する事業構造が、大暴落の中、自らに牙をむく。あまりの市況下落の激しさに資金流出は止まらず、なすすべもなく破綻へ追い込まれた。

ADRは頓挫 スポンサーが焦点に

ADRで再建を図る狙いは外れ、三光は7月に会社更生法の申請に切り替えた。最初から法的整理に踏み込まなかったのは、2度目の破綻は何としても避けたいとの思いが強かったからだ。またADRを軸とした私的整理のほうが、関係者に迷惑をかけないとの判断もあった。

ADRは国内の金融機関が対象。それ以外のステークホルダーとは個別交渉し再建に協力してもらうしかない。カギを握ったのはオーナーと呼ばれる船舶の所有者、船主たちだ。

三光は200隻近い船舶を運航する海運会社だが、その大半の約170隻は船主から借りていた船だ。用船料を船主に支払い、その船を別の海運会社に貸す貸船料収入、貨物を輸送した際の運賃収入を得て、用船料との差額で稼ぐ。三光の経営悪化は、用船料を大きく下回る水準に貸船料や運賃が下がったことによる逆ザヤが主因。三光再建には用船料の引き下げが必要不可欠だった。

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