シャケを万引きした35歳主婦が抱える苦悩 PTA役員も務める真面目母に何があったのか

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「実は万引きしたのは、今日が初めてじゃないです。捕まったのも2度目」

小さな声で、そう言う。初めて万引きしたのは、3年前。がんになった義父が隣の市の大病院に入院することになり、週2回は身の回りの世話に通うようになってから。

「入院費で月10万円以上の請求がきて、本当に苦しくなって、どうしようって考えたとき、切り詰められるのは食費しかなかった。そこから。地元のスーパーでは、絶対にできません。義父のお見舞いで隣の市に行ったとき。ちょうど子供もいなかったし、大丈夫かもってやっちゃいました。きっかけは夕飯の材料費何千円かが浮いたら、すごくラクだなぁってことだけ。足りなかった塾のおカネも払えるって」

隣の市での万引きに成功してから、地元から離れた病院に行くとき、そして子供がいなくて1人のとき、その2つがそろえば万引きをした。義父が倒れた3年前から、病院に通い続けている。そして、万引きをしている。何度か成功して、当たり前のように盗んだとき初めて捕まった。

「最初に捕まったのは、2年半くらい前。100円ショップです。子供のキャラ弁で使う可愛い小さな装飾品みたいなのを盗っちゃいました。今日みたいに警察に突きだされて、親戚のおじさんに身元引受人を頼んだ。しかられました。2度目はまずい、いけない、いけないって思ってもやめられなくて……それで、また」

夫に家計の状況は「話せない」

何度もおカネを払わず食料品を手にした成功体験で窃盗症(クレプトマニア)になってしまったか。捕まった2度は不起訴処分で終わったが、3度目になると窃盗罪で逮捕となる可能性がある。私は旦那に家計の厳しい事情を話し、クルマを売却するように助言したが「そんなことは無理です」と大きく首を振った。

「子供に会えなくなるのが、怖い。だから、大丈夫です。もうやりません」

夜10時半、そう言って旦那と子供の待つ家へと帰った。旦那にはショッピングモールで捕まった後、「母親が急病になって実家に戻る。今日だけ子供をお願い」と連絡している。給与の全額を妻に預け、すっかり妻を信用して安心する旦那は、彼女に混乱が降り注ぎ続けていることを何も知らない。

引きつった笑顔で「大丈夫です、もうやりません」と言われても、義母の医療費と車のローンは続く。そして時間に余裕がない彼女にはカラダを売る以外、最低賃金に張りついたパートしかない。また万引きして捕まるのも、時間の問題のような気がした。

本連載では貧困や生活苦でお悩みの方からの情報をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。

 

中村 淳彦 ノンフィクションライター

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なかむら あつひこ / Atsuhiko Nakamura

貧困や介護、AV女優や風俗など、社会問題をフィールドワークに取材・執筆を続けるノンフィクションライター。現実を可視化するために、貧困、虐待、精神疾患、借金、自傷、人身売買など、さまざまな過酷な話に、ひたすら耳を傾け続けてつづけている。著書に『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)、『崩壊する介護現場』(ベストセラーズ)、『日本の風俗嬢』(新潮社)、『名前のない女たち』シリーズ(宝島社)など多数。Twitterアカウント「@atu_nakamura」

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