勝者も敗者もいない「北海道5区補選」の衝撃

なぜ池田候補は追い上げることができたのか

「誰もが一目で好きになる。オーラがある」。補選中の池田氏は、しばしばこのように言われていた。だが池田氏は最初から高く評価されていたわけではない。当初、町村氏の地盤を引き継いだ和田氏がダブルスコアで池田氏をリードしているとされていた。今年1月30日に行われた民主党(現民進党)の党大会では、明るく笑いあう西岡秀子氏(参院長崎選挙区)や水上美華氏(衆院北海道第12区)などの女性候補から少し離れ、うつむいてスマホをいじる池田氏の姿を見かけた。それほど目立つ存在ではなかったのだ。

そんな状態から、なぜ和田氏を猛追することができたのだろうか。

「中卒・シングルマザー・生活保護受給」

池田氏は2014年の衆院選では北海道第2区から出馬したが、この時の第2区には自民党の吉川貴盛氏に加え、三井辨雄氏が後継指名した維新の党(当時)の松木謙公氏も出馬。これに不服の池田氏は一時出馬を辞退し、結局は3位で落選した。

そんな池田氏が勢い付いてきたのは、「保育園落ちた日本死ね!!!」のブログが山尾志桜里衆院議員によって2月29日の予算委員会で紹介されて以降である。つまり、国会論戦において社会保障に注目が集まったことで、「中卒・シングルマザー・生活保護受給」という経歴の池田氏が脚光を浴びたのだ。

その一方で和田氏は苦戦を強いられるようになった。そもそも弔い合戦は、必ずしも楽勝とは限らない。たとえば1996年の衆院選で、候補者が公示後に死亡した兵庫県第11区がその例だ。

厚相を務めた戸井田三郎氏が投票日1週間前に死去したため、急きょ秘書で長男の徹氏が補充立候補した。三郎氏と同じ厚生族でともに平成研究会に所属していた橋本龍太郎首相(当時)が直々に11区に入って応援するなど、自民党は典型的な弔い合戦を展開した。

しかし徹氏が獲得したのは6万4896票で、次点である新進党の五島壮氏に3711票差まで迫られている。しかも民主党の2万8303票も合わせると、野党の得票は自民党の票を上回っていた。

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