これに対し、最高裁は、長男はもちろん妻についてもJR東海への損害賠償義務を否定した。最大の争点は、妻が民法第714条1項にいう認知症患者(責任無能力者)に対する法定の監督義務者としての立場にあるか、あるとした場合に監督義務者としての責任を果たしていたかどうか、という点であった。しかし最高裁は、そもそも妻は監督義務者の地位になかったと判断したのである。
高裁では、夫婦の協力扶助義務(民法第752条)や事故当時の精神保健福祉法、成年後見人の身上配慮義務の趣旨(民法858条)などを理由として、同居をしている夫婦の一方が認知症などにより自立した生活ができない場合には、特段の理由がない限りもう一方の配偶者が認知症患者に対する法定の監督義務者に該当すると判断していた。そして、A氏の妻も要介護1の認定を受けていたとはいえ、監督義務者としての地位を否定する特段の理由はないとしていた。
妻は「監督義務者」にあたらず
ところが、最高裁は、本件における妻の監督義務者性を否定した。事故当時の精神保健福祉法や、民法上の成年後見人の身上配慮義務は現実の介護や認知症患者に対する行動監督までは求めていないし、夫婦の協力扶助義務は抽象的な夫婦間の義務であって、第三者との関係で配偶者として何かしなければならないものではないとした。
関係法令にいう「配偶者の義務」は認知症患者(責任無能力者)に代わって第三者に損害賠償すべき「法定の監督義務」には直結しないとしたのである。
ただし、最高裁は、法定の監督義務者に当たらない場合でも、具体的な事情の下で「認知症患者の第三者に対する加害行為の防止に向けた監督を行って、その監督を引き受けた」と認められる者については、法定の監督義務者と同視することができる、という前提のもとに、さらに妻の責任の有無につき検討を加えた。
最高裁は、この点、法定の監督義務者と同視するためには、「認知症患者を実際に監督している」もしくは「監督することが可能かつ容易」であるなど、「公平の観点から認知症患者の行為に対する責任を問うのが相当といえる状況にある」といえることが必要、という基準を示した。
そして、本件では、妻自身も85歳と高齢なうえ要介護1の認定を受けており、長男の補助を受けて介護していた、という事実に照らして、A氏の第三者に対する加害行為防止のための監督は、「現実的には可能な状況にはなかった」として法定の監督義務者と同視できないと判断した。
あわせて、長男についても、A氏と同居しておらず接触も少なかったとしてやはり法定の監督義務者とは同視できないと判断した。
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