ITエンジニアを待ち受ける大量失業の危機 期待の「IoT」需要はベンダーを素通りか

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IoTの事例でわかりやすいのは、センサーと信号処理プログラムを組み合わせた自動ドアやETC、Suicaに代表される交通系ICカードだ。より高度なシステムとしてデジタル・サイネージがある。見かけは動的なコマーシャルを映し出す大画面の液晶ディスプレーだが、その前を通過する人のスマートフォンにアクセスして、性別や年齢、住所などの情報を瞬時に収集することも不可能ではない。

すでに実用化されているのは、街中を往来する人の中から条件に合う人を探し出してファストフード店の割引クーポンをスマホに送信されたり、アプリをダウンロードして石碑や案内板にスマホをかざすとより詳しい情報が表示されたりする仕掛け。スマホ・アプリとWi-Fi、ビッグデータ(この場合はそこまでいかない)の組み合わせだ。

あるいは機械・器具メーカーがしのぎを削っているのが、自動運転やロボットの技術。センサーと画像解析、自動制御、人工知能などの組み合わせで、たとえば工場のさまざまな生産機器が相互に情報をやり取りして、無人工場が実現すると考えられている。強いて分類すると、これはIoTではなく、M2Mの世界。もちろん全体を監視・管理する要員は必要だが、3000人が勤務していた工場が300人で運営できるようになった実例がある。

今度だけは逃げられない

だが、IT受託業にそのチャンスはほとんどない。というのは、現在のIT受託業の多くの企業(ないし彼らに案件を外注しているユーザー系や機器メーカー系のIT子会社)が取引を持っているのは、ユーザー企業内の情報システム部門だからだ。

このことに関連して思い出すのは、1980年代に脚光を浴びたOAブーム。オフィス・オートメーションの略で、ファクシミリ(FAX)、複写機、日本語ワープロが3種の神器だった。日本語ワープロはやがてパソコンに移行したが、その導入と利活用を担ったのは事務管理部門だった。

当時、企業内の情報システム部門はメインフレームをコアとする集中処理型の管理業務システムにかかりっきりになっていた。日本語ワープロやパソコンは、情報システム部門にとっては「おもちゃのようなもの」だった。

今回のIoTやM2Mは、OAとはやや事情が異なるのだが、企業内情報システム部門が関与しないという点で共通している。集客や販促にIoTをどう活かすかは、マーケティング企画部門が担うだろうし、M2Mは工場の生産管理部門や設備部門が立案するに違いない。そのシステム構築を情報システム部門に社内発注するかというと、それもありそうにない。技術基盤の質が違いすぎるためだ。

ユーザー企業内の情報システム部門は、過去から一貫して現業部門の企画立案に関与していない。手続き型の業務フローに基づく静的な管理業務システムは得意だが、状況に応じて限定的に情報を更新する動的アプリケーションをこなす人材もいないし外注先を擁してもいない。少なくとも、現業部門はそのように認識している。

するとユーザー企業内の情報システム部門やIT子会社、そこから案件を受注する機器メーカー・通信サービス系IT会社とのみ取引しているIT受託業を、IoT/M2Mの案件の大半が素通りしていくことになる。ユーザーの現業部門からみれば、IT受託会社は「たかが下請け」に過ぎない。

日銀の金融政策が生み出した一時的な円安と株高に浮かれていた経済界が、いつIT予算の引き締めに転じるか、予断を許さない。システム運用管理業務はクラウドへの移行で激減、アプリケーションの開発は保守と一体化した派生開発もしくはX-RAD(Rapid Application Development)に移行する。

10年間で就業者を1.5倍に増やしてしまったIT受託業は今度こそ逃れられない。中小を中心に、太古の恐竜のように突如滅びてしまう会社が続出することも懸念され、引いては職を失うITエンジニアが大量発生する可能性すらある。

佃 均 IT産業アナリスト

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つくだ ひとし / Hitoshi Tsukuda

30年を超える専門記者の経験と知識、人脈を通じて、IT産業の収益構造や雇用問題などの分析および、史的考察を行っている。

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