中東では第一次大戦以来、紛争が絶えたことはなかった。主なものだけでも、イスラエルとアラブ諸国の4回にわたる戦争、その後のパレスチナをめぐる紛争、イラク・イラン戦争、湾岸戦争、イラクと米英など多国籍軍との戦争、アフガニスタンとソ連との戦争、現在も進行中のアフガニスタン戦争、トルコでの紛争などあきれるほど多くの紛争が発生しており、紛争に巻き込まれたことがない国はないと言ってよいくらいだ。
中東が論じられる場合、イスラムの宗派間の対立が原因であるとよく言われる。確かにそのとおりだろうが、中東において最も問題なのは信頼感が欠如していることだと思う。
イラン問題はイスラエル問題でもある
1979年のイラン革命後、イランと米国は激しく対立してきた。米国のイランに対する不信感はあらためて説明するまでもないが、イランも米国に対して不信感を持っていることはその道ではよく知られている。米国自身は認めないだろうが、イランでCIAなどが政治に干渉したことは世界の常識だ。テヘランで捕らえられている米国の大使館員を救出するために、米国がイラン政府に無断で武装救出要員を送り込んで失敗に終わったこともあった。米国の行動にイランの主権を侵害するおそれがあったことは否定できなかった。
イランが核問題について非協力的な態度を取ったのは、イスラエルだけが中東で核兵器を保有し、しかもそのことをとがめられないのは不当だという理由からだったが、根底にはイスラエルの後ろ盾である西側諸国に対する強い不信感があった。
しかし、イランは核兵器不拡散条約(NPT)の締約国であり、核兵器の開発は禁止されており、IAEAの査察を受ける。イラン政府は査察に協力しなければならないが、何回も査察を妨害した。米欧などと協議の結果査察が再開されてもイランの協力は長続きせず、査察員を国外へ追放するということを何回も繰り返した。そのためイランに対する不信感はますます高まった。
しかるに、核合意の履行と制裁の解除によって信頼関係が回復される可能性が出てきた。米欧など6カ国の政府は、2013年8月に就任したローハニ大統領が国際社会との関係を重視し、信頼に値する政権であることを確認し、かつ、昨年の合意以降のイランによる履行状況を子細に観察した結果として、イランを、確定的ではないが、信用してよいと判断した。IAEAもその判断を後押しした。
イランに関するこのような観察と判断を踏まえて、イランに対する制裁が解除されたのは極めて重要なことであった。
イランの核開発問題に関する交渉は2002年から始まっており、さらにイランがそのような計画を始める原因は1979年のイラン革命から発生していたので、37年来の懸案に終止符が打たれることになる。今後、さらに、ミサイルやテロ支援の関係でも協力が進めば、イランと西側との信頼関係は条件付きでなくなり、強固になっていくだろう。
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