ベストセラー生む名文家たちの「書く技術」

「嫌われる勇気」からジブリまで

プロデューサー 鈴木敏夫さん(67) 1948年愛知県生まれ。慶應義塾大学卒業後、徳間書店を経て、89年スタジオジブリに移籍。同スタジオの多くの作品でプロデューサーを務めてきた (1)心を無に 自己を抑制することで言葉が舞い降りてくる。散歩などで肉体を疲弊させると効果的 (2)他人になりきる この人ならどう書くか……と、誰かになりきって書くことを楽しむ (3)文字に凝る 何を書くかと同じくらい、どんな文字で書くかにも気を配る(撮影/高井正彦)

鈴木さんは、ジブリ作品「風立ちぬ」の「生きねば。」や、「かぐや姫の物語」の「姫の犯した罪と罰。」など、数々の名コピーを生んだ、知る人ぞ知るコピーライター。詩人・茨木のり子氏の現代詩から作詞家・星野哲郎氏の流行歌まで、若い頃からたくさんの言葉に影響を受けてきた「言葉好き」だ。

プロデューサーになってからは、ジブリ作品でコピーを手がけていた糸井重里さんの仕事を「自己流で勉強」し、いつしか自分でも作品のコピーなどを書くようになった。

「どうやって作るかって?『風立ちぬ』の『生きねば。』は、宣伝プロデューサーと打ち合わせをしているとき、『風立ちぬ』と『風の谷のナウシカ』は一見まるで違うのにテーマが同じだな、なんて話になって。目の前にあった紙の裏側に、何げなくナウシカの最後のセリフ『生きねば。』を書いた。そうしたらプロデューサーが、『これ、使えますよ!』と、その裏紙を持っていっちゃったんです」

その後、鈴木さんの味のある筆文字で清書された「生きねば。」は、同作品のポスターなどを飾ることになる。

コピーだけでなく、筆やペン、パソコンなどで鈴木さんが描いた文字も秀逸で、「崖の上のポニョ」など多くの作品で採用されている。鈴木さんは、名デザイナーでもあるのだ。

歩き続けて疲れたら

押井守監督のアニメ映画「攻殻機動隊」の続編に「イノセンス」というタイトルをつけたのも鈴木さんだ。こちらは「何げなく」ではなく、考えぬいた末に舞い降りてきた言葉だった。

「タイトルをひねり出そうと、あてもなく外を歩いたんだよね。3、4時間は歩き続けたころ、疲れたんだろうね。心が無になって作品の骨格が不意に見えた。そしてイノセンスという言葉が頭に浮かんできた」

歩いている間、考えていたのは、監督の押井さんのこと。

「自分を“押井守化”したんですよ。彼がタイトルを考えたら、どうなるだろうって」

鈴木さんが「忍術」と呼ぶ、このなりきりワザを覚えたのは、雑誌「アニメージュ」の編集者時代。あるアニメーターの連載を毎月構成していたときのことだ。送られてくる原稿をたたき台にして、文章を組み立て直し、句読点を増やし、意味の通らない部分を補完する。1回分の書き直しに、たっぷり8時間をかけたという。

「これなら自分で書いたほうが早いなと思いつつ、根が凝り性だから、言葉遣いや語尾まで、まるでその人が話しているようにしてね。まさに、本人になりきったわけです。書き直したものを本人に見せると、『こう書きたかったんだ』と喜んでくれる。こんなに楽しい作業はないと思ったよね」

自己主張しないこと

冒頭に登場した古賀さんのやり方にも通じるこの方法。鈴木さんは、大切なのは「自己主張しないこと」だと話す。心を無にして、別の誰かになりきる。ときに宮崎駿監督になり、高畑勲監督になって言葉を紡ぎ、生まれてきたのがあのコピーたちだった。

文才だけではなく絵心もある鈴木さんは、宮崎さんに「なりきって」、雑誌に載せる色紙にトトロの絵などを「代筆」したこともあるという。

「もう時効だから告白するけど、あまりにうまく描けたトトロを見た宮崎さんが、『偽造はやめてください』って顔色を変えちゃってね(笑)。僕が描いたトトロをジブリのスタッフが宮崎さんのトトロだと間違えたこともあった。こっちは、それがうれしくてたまらない。自分を前面に出して主張することより、人になりきって売り出しに力を貸すほうが、僕にとっては楽しいんですよ。いろんな人生を体験できるんだもの」

(ライター・福光恵)

※AERA 2016年1月25日号

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