中高年のひざの痛み、「治せる時代」へ一歩前進 変形性関節症進行を止める核酸治療

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大庭伸介東京大学大学院工学系研究科准教授らが着目したのは、軟骨の形成を促す転写因子「RUNX1」だ。

軟骨細胞にはRUNX1はほとんどないので、新たに加えることで細胞の機能が活性化されて変形関節症の進行を抑制できるという。注入されたmRNAは短時間で軟骨細胞内部に取り込まれ、主要な軟骨基質タンパク質であるⅡ型コラーゲンや軟骨形成に必須の転写因子SOX9などのタンパク質を発現させる。軟骨細胞そのものを移植するこれまでの考え方とはまったく違う治療法になる可能性がある。mRNAを含んだ注射液を幹部に注射するだけなので、ヒアルロン酸注入などの既存治療と技術的には同様で、患部を切開する再生軟骨治療と比べて、生体を傷つける程度は低い治療法となる。

RUNX1に着目したきっかけは、大庭准教授らのグループが軟骨の形成を促進する低分子化合物を同定したところ、その作用にRUNX1が関わっていることがわかったこと。他の研究でも同様の知見がありRUNX1が軟骨形成に重要であることがわかっていた。そのため、これを直接患部に届ければ根治治療になるのではないかと考えたという。低分子化合物の、毒性の問題やターゲット以外の部位にも働いてしまうなどのデメリットをカバーできるという。

さらに、この研究のミソは、転写因子RUNX1を直接患部に入れるのではなく、転写因子を生成する遺伝子のmRNA(メッセンジャーRNA)を患部に注入するというアイデアだ。

ナノマシンにmRNAを乗せて患部に運ぶ

RUNX1などの転写因子は、DNAにくっついて遺伝子の働きをコントロールするタンパク質だ。タンパク質そのものを細胞内に送り込むのは難しい。しかし、軟骨細胞作成を促すDNAを送り込むのはさらに難しい。DNAは細胞内部にある核内にまで届けなければならないからだ。さらに、細胞核に導入できても、もとからあるDNAを傷つけて腫瘍化するリスクがある。一方、転写因子のmRNAなら細胞内に導入すればよく、比較的簡単で、腫瘍化のリスクもない。

ただ、mRNAを直接細胞に投与すると炎症を起こしやすいうえ、mRNAは体内で速やかに分解されてしまうという問題があった。それで、ナノマシンにmRNAを封じ込めて投与する方法と組み合わせた。

ナノマシンは片岡教授が開発した技術で、ポリエチレングリコールとポリアミノ酸誘導体を組み合わせると30~100ナノメートル(1ナノメートル=100万分の1ミリメートル)程度の球形のDDS(ドラッグデリバリーシステム=薬剤を体内の目的の部位に届けるシステム)になり、さまざまな薬剤や遺伝子を内包できる。これまでにも、位高准教授らによって開発中の脊髄損傷、感覚神経障害、肝疾患などのmRNA治療法のほか、創薬ベンチャーのナノキャリアが抗がん剤として治験を進めている技術だ。

今後は、転写因子mRNAをナノマシンに組み込む治療法を使って、他の運動器変性疾患の根治治療法開発への応用研究を進める。位高准教授が客員研究員を務めるナノ医療イノベーションセンター(川崎市にある研究機関と創薬系企業との融合施設)を中心に臨床試験開始に向けてプロジェクトを組んでいくという。これらの応用研究の成果にも注目が集まりそうだ。

小長 洋子 東洋経済 記者

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こなが ようこ / Yoko Konaga

バイオベンチャー・製薬担当。再生医療、受動喫煙問題にも関心。「バイオベンチャー列伝」シリーズ(週刊東洋経済eビジネス新書No.112、139、171、212)執筆。

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