英雄神話が持つ魅力は、なぜ色褪せないのか

ルーカスも影響を受けた「千の顔を持つ英雄」

まず何がすごいって、その幅の広さが圧巻だ。たとえば、「出立」といって冒険への旅立ちを語る章では、超メジャーなアーサー王物語からドマイナーな北アメリカの民間伝承、聞いたことのない民族の神話、東洋におけるブッダの生涯など縦横無尽に神話が参照される。アーサー王は狩りにでかけた先で見たことも聞いたこともない奇妙な獣に遭遇し、ブッダは庭園に向かう途中で歯が欠け、髪が白く、杖に頼り震えている年寄りや病人に出会う。

有名どころから無名どころまで数々の英雄譚を類例に沿って読んでいくだけでも底抜けに楽しいが、その先には(あるいは、その前や途中には)キャンベルによるまとめが入る。

神話的な旅の第一段階は──ここでは「冒険への召命」と言っているが、運命が英雄を召喚し、精神の重心を自分がいる社会の周辺から未知の領域へ移動させることを意味する。宝と危険の療法がある運命の領域は、さまざまな形で表現される。遠隔の地、森、地下王国、波の下や空の上、秘密の島、そびえたつ山の頂上、そして深い夢の中などだが、それはつねに妙に流動的で多様な形になるもの、想像を超える苦難、超人的な行為、ありえない喜びがある場所である。

ただただ読んで納得していけばいい

アテネにやってきて、ミノタウロスの恐ろしい話を聞いたテセウス、ポセイドンの起こした風で地中海をさまよう羽目になったオデュッセウスなどなど冒険の「出立」だけで膨大な具体例を得ることができる。非常に圧縮して紹介すると、キャンベルがいうところの英雄譚の構造は大きくわければ3つに分けられる。苦難や冒険への導入である「「分離」または「出立」」、試練や恵みを得る「イニシエーションの試練と勝利」、最後に循環へと至る「社会への帰還と再統合」。これらを上部構造として、それぞれに下部構造へと細かく分かれていく。

「出立」といって英雄に下される召命について語られたかと思えば、その次には逃避する為の「召命拒否」を語るサブセクションがあり、使命にとりかかる物へ思いもよらずに訪れる「自然を超越した力の助け」。などなど、多くともサブセクションは6つまでだが、ほとんどの神話がそこに収まってしまう事が具体例と共にあげられていくのでよくわかる。具体例の多さはそれ自体が「神話には類例がある」ことへの説得力になりえる。複雑なロジックを飲み込む必要もなく、ただただ読んで納得していけばいい。自身が言うように、驚くほどわかりやすい本なのだ。

たとえば、最終章となる「帰還」では、何事かを成し遂げ帰還した英雄が最初に直面する問題に『魂が満たされる充足感を味わった後に、つかの間の喜びや悲しみを、この世の陳腐で煩わしい煩雑さを、現実として受け入れなければならないことだ。』と挙げている。こうした一つひとつの文章に、「ああ、これはあの物語に当てはまるな。あれもまた神話の構造を持っていたのか」とこれまで見て、読んできた物語に対して当てはめることによって深い納得を覚えることだろう。

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