惨事の村は立ち上がった 台湾大水害から3年
現在の問題は仕事である。住居を建てただけでは生活できない。現在、小林二村の120世帯の住民のうち、実際に住んでいるのは40~60世帯にすぎない。生活の糧を得るのが難しいためだ。小林村の住民の大部分は、以前は農業か狩猟で生活していた。しかし、新しい土地ではそれができない。
そうした中で、EMS(電子機器受託生産サービス)大手の鴻海精密(ホンハイ)が持つ「永齢基金会」が、生活再建のため現地に農場を作り、雇用を提供している。しかし、すべての被災者がそこで働けるわけではない。
蔡さんは、早くも被災した年の12月、産業再生のため地元の梅を商品化した「小林梅」を販売した。台湾マイクロソフト、電子商取引推進協会、デジタル文化協会などの協力を得て「小林村民の共通の思いで」とのキャッチフレーズで限定販売したところ、たちまち売り切れた。こうした特色ある商品の開発も、発展協会の事業の重点項目となっている。
旧仮設住宅にあるパン工房では、台北から故郷に戻ってきた若者が、主婦たちにパン作りを教えている。
さらに発展協会は、より精緻な地元の名産品を作ろうと、行政院農業委員会(国の農業省)などを訪ね歩いた。その結果、ある公益法人の協力を得ることができた。こうして生まれたのが、オンラインショッピングで人気を集めた手作りジャムと月餅である。
発展協会は、行政院労働者委員会(労働省)に対して人材育成計画を申請し、パン工房のほかにせっけん作り、木工、中華料理などの教室を開いた。職業訓練といっても、その間、給与が支給される。