泥沼離婚でいちばん辛かったこと
子連れ狐さんは、泥沼離婚でいちばん辛かったのは身に覚えのないDVを主張されたことだと言います。その主張には担当のベテラン弁護士も驚いたほどだとか。そこから火がつき、その後は中傷合戦に突入。子連れ狐さんも相手のマイナス面を大袈裟に誇張するようになりました。
筆者がこれまで複数の弁護士から聞いた話によれば、家事事件では「本当に被害があっても証拠不十分などで認められないケース」もあれば「条件争いのために被害を偽証または大げさに言うケース」もあるそうです。子連れ狐さんの場合は、最終的には、相手側の主張に無理な部分もあったことや、監護の実績などによって、親権や慰謝料が決定されたそうです(その調停調書なども一部見せてくれました)。
子連れ狐さんは、「元妻側の弁護士が対立を煽るタイプでなければ、元妻からちゃんと謝罪があれば、不信感はかなり減り、最初から面会自由にできたのに」と語ります。
そんな泥沼のさなかでも、子連れ狐さんは、お子さんたちには離婚理由の詳細は伝えず、子どもの前の夫婦喧嘩も避けていたそうです。さらに、元妻と子どもたちの親子交流に協力的だった理由として、「同居親の力の使い方を間違えないようにしよう」と思っていたとも語ります。
とはいえ、泥沼離婚を経た元夫婦がやりとりするのはかなり大変なものです。そういう場合によく出るキーワードが「子どものために我慢」ですが、筆者は、いろいろな当事者を取材するうちに、この「子どものために我慢」は、もう少し分解し、子どものために「何を」我慢するのかで分けて考えたほうがいいのではと考えるようになりました。
たとえば、相手の過去の言動に対して怒りや恨みがあっても、いま現在、自分や子どもに対して問題がない場合は、「子どものために我慢」がベストなときもあるでしょう。一方、過去に相手から暴力やモラハラなどの加害を受けていて、その恐怖やトラウマが強い場合、または自分や子どもへの加害のおそれが現在進行形である場合は、「我慢」よりも「安全確保」「トラウマ治療」「加害者プログラム参加」などを行うことがベストなこともあるでしょう。そういった線引きこそが大事ではないか、と思えてきたのです。
最後に、子連れ狐さんに離婚後共同親権についても聞いてみると、「加害などの問題がなければ、子どものセーフティネットになるのでは」とポジティブな回答が返ってきました。そこでさらに「もし当時、共同親権が選べたとしたら?」と質問すると、「おそらく夫婦ともに共同親権を選んでいたけど、どちらも子どもと暮らしたかったので、監護権でやはり対立したでしょうね」とのことでした。
さて次回は、「親権と児童虐待」についての有識者インタビューです。
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