共産党やれいわ新選組の議席減、社民党の議席ゼロと併せて、「リベラルの総崩れ」という評価が定着しつつある。野田氏は、敗因について「時代遅れ感が付きまとっていた」と率直に話したように、目新しさや魅力的な価値を発信できなかったことは大きいだろう。
それどころか突然の新党立ち上げは、「議席を守るための野合」にしか見えず、中道という言葉はどこか中身のない空洞のように響いた。また、肝心の立民支持者にとっては、従来の脱原発や安保関連法の違憲部分廃止などを蔑ろにする姿勢が裏目に出ることになった。
だが、それ以上に有権者が見たのは、「実績」と「実行力」というプラグマティック(実用的、実利的)な部分であった。国民の懐事情が厳しく、自信喪失のムードが漂っているからこそ、その裏返しとして経済政策と外交で強気の意思決定が必要とされているといえる。
新潮流「テクノ・ポピュリズム」とは?
ここにおいて、中道もしくはリベラル勢力全体の危機を俯瞰するうえで、重要な視点を提供してくれるのがチームみらいの躍進と、日本に遅れて出現したテクノ・ポピュリズムというポピュリズムの新潮流である。
オンライン上の意思決定による直接民主主義の拡張性などを研究しているメディア研究者のマルコ・デゼーリスは、テクノ・ポピュリズムを単なる政治スタイルではなく、テクノ・リバタリアニズム(技術的自由至上主義)とポピュリズムという2つの異なる考え方が融合して生まれた現代の新しい政治のあり方として定義している(以下、Technopopulism:The Emergence of a Discursive Formation/TripleC: Communication, Capitalism & Critique 15 (2)/2017)。
デゼーリスは、テクノ・ポピュリズムを「情報通信技術を用いることで、『人民の、人民による、人民のための政治』が実現できるという信念」と主張。中央集権的な国家・階層構造への不信感を持ち、「腐敗した政治体制」に対抗し、「真の人民」の声を反映させようとする傾向があるという。
欧州では、2008年の金融危機後、既存のエリートへの不満が高まる中で、これら2つが結びついてイタリアの「五つ星運動」やスペインの「ポデモス」のような新しい「テクノ政党(Technoparties)」を生んだと分析している。
デゼーリスの興味深い点は、テクノ・ポピュリズムを2つのバリエーションに分類しているところだ。リーダーを置かず、オープンソースソフトウェアの開発のように、参加者が分散して意思決定を行うリーダーレス・テクノクラート型(Leaderless-technocratic)と、SNSなどで集まった多様な民意を、カリスマ的なリーダーが統合し、既存体制への攻撃材料として動員するリーダー型ポピュリズム(Leaderist-populist)である。


















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