最愛の夫を亡くした元朝日新聞記者の独白。「悲しみは乗り越えるものではない」――遺族を傷つける"若すぎる死"という無意識の言葉
でも、現実はそう単純ではありません。イベントが終わればまた日常が戻ってきます。ふとした瞬間に「やっぱり妻はいないんだ」と突きつけられ、相談相手のいない老後に強い不安を感じて、心が激しく揺れ動いていらっしゃいました。
「前を向く日」と「立ち止まる日」を行ったり来たりしながら、それでも何年か過ぎていくうちに、お子さんたちは立派に育っていく。そんな姿を間近で拝見し、人生の深みというものを強く感じました。
また、別のある女性は、夫を亡くした後に自分の写真を見て、「目の輝きがなくなった。顔つきが変わった」と気づかれたそうです。自分で気づくほどに人相が変わってしまう体験が、喪失というものなのだと、深く考えさせられました。その方は、「私は夫を亡くして新しい顔になったんだ。この顔で生きていかなくては」と覚悟を決められたとおっしゃっていました。
大切な誰かを亡くすということは、「立ち直る」とか「乗り越える」といった言葉では片付けられない、もっと複雑で、でも人間らしい営みなのだと思います。
遺族の心を二重に傷つける「若すぎる死」という言葉
――河合さんは、夫の竹久岐史さんを亡くされた1カ月後、失意のどん底のタイミングで「喪の旅」の取材を始められたそうですね。ご自身の傷が癒えない中で、他の方の喪失に触れることに葛藤はなかったですか?
河合:当時は、怖さよりも「やむにやまれぬ気持ち」が勝っていました。自分と同じような混乱や虚しさを抱えている人が世の中に大勢いるはずだ、その声を共有したいという一心でした。
死別後の心は混乱していて、なかなか言葉になりません。でも、誰かが語る言葉を聞くことで、「私のこの思いに言葉がついていく」という感覚を覚えたんです。取材でお話を伺うことは、私にとっても大きな支えになっていきました。
記事には多くの反響があり、読者の方からは、驚くほど詳細な闘病の様子やご自身の経験が綴られたお手紙も届きました。


















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