「心臓マッサージ3000円」「オプジーボ50万円」が物語る医療現場の"命の格差"――技術より薬が上。医師が明かす「不要な検査・入院」の裏側

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

そして、「(診療報酬は)処方薬の価格である薬価も合わせ、全体で2.22%のプラス改定となった。現役世代などの保険料負担を年5000億円ほど押し上げうる。医療費は膨らむ一方で、余剰病床の削減など医療の効率化が欠かせない」と結んでいる。

筆者はこの論調に違和感を抱く。

確かに患者や家族の希望による「社会的な入院」は多く、患者の希望に従い、医学的には不必要な検査や処方をオーダーすることは日常茶飯事だ。

ただ、これは一概に無駄とは言い切れない。医療費を負担する国や国民にとっては「無駄」かもしれないが、患者・家族には切実な問題だからだ。

「念のため」どこまで検査するか

現在、医療の中心は生活習慣病、がん、認知症など加齢に伴うものだ。「念のため」にどこまで検査や治療をするか、その判断基準は人によって異なり、厚労省が一律に決めることはできない。

医師は公衆衛生や医療政策の研究者と違い、目の前の患者にベストを尽くさなければならない。厚労省が「無駄」と判断しようが、自らの良心に照らして、患者の利益になると判断すれば、そのとおりに行動する。

これを「医師の自己規律」といい、西ヨーロッパでの「ヒポクラテスの誓い」のように、医師の間で長年にわたり引き継がれてきた。

一方で、日経新聞が指摘するように、患者を「だまして」、無駄な医療をしているのなら、由々しき問題だ。ただ、これは今に始まった話ではない。筆者が医師になった1993年から、日常的に行われていた。

例えば、筆者が初期研修を行った東京大学医学部附属病院第3内科(現在の循環器内科、血液内科、糖尿病・代謝内科) では、「土日の退院は避けるように。どうしても希望する患者さんには、週末は外泊にして、月曜日に退院させるように」と指導された。

この方針に対して、筆者を含め、多くの研修医や若手医師は反発したが、やがて内情がわかる。

当時の第3内科の指導者がこのような方針を採ったのは、東大病院内での勢力争いで優位に立ちたかったからだと思われる。病床稼働率の高さは患者からの支持を象徴し、かつ病院経営を改善する。病院内で病床数を再編するときには優遇されるはずだ。

当時はバブル経済が崩壊したとはいえ、東大病院の経営は、今よりもはるかに余裕があった。東大病院の経営が難しくなるのは、小泉政権(2001~2006年)で診療報酬や国立大学運営費交付金が削減されてからだ。

次ページ都内で医療機関閉鎖が相次ぐ理由
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事