「桶狭間の戦い敗北で転げ落ちるように没落」 大河ドラマ「豊臣兄弟!」 約230年駿河に君臨した今川家、将軍に次ぐ権勢の凄さ

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1536(天文5)年、氏輝は小田原の北条家を訪問して、歌会に参加。小田原に1カ月ほど滞在していたが、帰国直後に突然死している。毒殺や自殺が疑われるほど、その死は唐突なものだった。

どんな組織でも、リーダーが変われば、方向性や雰囲気が変わる。今川家はさらなる変貌を遂げていく。巨大勢力と手を組んで発展させた今川氏輝の後を継いだのは、氏輝の弟にあたる義元である。

義元は、それまでの領国だった駿河と遠江だけではなく、三河まで進出。3カ国を支配して、「海道一の弓取り」とも称された。まさか、信長軍に討ち取られることになろうとは、誰も想像しなかっただろう。

大番狂わせが豊臣兄弟に与えた影響

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今川家の背景を踏まえると、信長の勝利に終わった桶狭間の戦いが、いかに意外な結末だったかがわかる。

豊臣秀吉は桶狭間の戦いの2年後、1562(永禄5)年頃に、足軽組頭になったと思われる。秀吉にいざなわれて秀長が信長に仕えたのは、その頃ではないかと考えられている。

大河ドラマ『豊臣兄弟!』第2回放送では、鉄砲を携えた戦闘集団が、秀長たちの暮らす村を襲う。火が放たれて、仲間たちが次々と凶刃に倒れた。無力感に打ちひしがれた秀長は武士への転身を決意する……そんな描写がなされた。

その一方で、信長の妹・市が「今川の息のかかった野武士の一党が、わが領内で狼藉を働いている」と、信長に報告するシーンもあった。秀長の村を襲った野盗の集団も、今川の陰謀によるものだと匂わせている。

実際には、そこまでの経験はなくとも、秀長とて今川家の強大さは十分に知っていたはず。信長がその今川に打ち勝ったのだから、兄の秀吉はもちろん、弟の秀長のまた「自分だって何かやれるかもしれない」と大いに勇気づけられたのではないだろうか。

世を驚かせた「桶狭間の戦い」での信長軍の勝利は、秀吉と秀長が武士として台頭する、一つの大きな契機となった。

【参考文献】
大石泰史『今川氏滅亡』(角川選書)
日本史史料研究会監修、大石泰史編『今川氏研究の最前線』 (歴史新書y)
杉山博編『多聞院日記索引』(角川書店)
竹内理三編『史料大成多聞院日記〈全5巻〉』(臨川書店)
太田牛一著、中川太古訳『現代語訳 信長公記』(新人物文庫)
河内将芳著『図説 豊臣秀長 秀吉政権を支えた天下の柱石』(戎光祥出版)
柴裕之編『豊臣秀長 シリーズ・織豊大名の研究』(戎光祥出版)
新人物往来社編『豊臣秀長のすべて』(新人物往来社)
真山知幸著『企業として見た戦国大名』(彩図社)
真山知幸著『戦国最高のNo.2 豊臣秀長の人生と絆』(日本能率協会マネジメントセンター)

真山 知幸 著述家

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まやま ともゆき / Tomoyuki Mayama

1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年独立。偉人や歴史、名言などをテーマに執筆活動を行う。『ざんねんな偉人伝』シリーズ、『偉人名言迷言事典』など著作40冊以上。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義(現・グローバルキャリア講義)、宮崎大学公開講座などでの講師活動やメディア出演も行う。最新刊は『大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』( ディスカヴァー・トゥエンティワン ) 、『ひょんな偉人ランキング ―たまげた日本史』(さくら舎)。「東洋経済オンラインアワード」で、2021年にニューウェーブ賞、2024年にロングランヒット賞受賞。
X: https://twitter.com/mayama3
公式ブログ: https://note.com/mayama3/

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