「いじめではなく暴行」「どんどんさらせ」などの声もあるが…栃木・県立高校での「いじめ暴行動画」が拡散、「過剰な私刑」に思うこと
ネットニュースの編集者として、長年SNS世論を見てきた筆者からすると、ネット空間では「推定有罪」が当たり前となっている。司法制度のように「疑わしきは罰せず」ではなく、「疑わしいヤツはクロ確定。そいつと関係している人物も同罪」と即断して、各ユーザーが思い思いの私刑を執行する。
そこには動機の有無や、情状酌量の余地もない。そもそも、それらを推測するほどの情報が提供されていないのだから、そこまで想像させるのも無理な話だ。結果として「インパクトはあるが、断片的な情報」だけでジャッジして、匿名をいいことに、欠席裁判で袋だたきにしていく。
「暴露系」の投稿 鵜呑みにする前に検証すべき点とは
こうしたムードが醸成される背景には、行政や大企業のような既存組織に対する不信感がある。
昨今の“オールドメディア”へのバッシングとも通底するが、旧態依然とした体制を打ち砕くヒーローのように、暴露系インフルエンサーはもてはやされている。
しかし、彼らが伝える「真実」には、本当に色眼鏡がかかっていないのか。そこを立ち止まって考えるネットユーザーは、意外なことにさほど多くない。
「デスドルが『学校の闇』を暴き、警察や教育委員会を動かした」というストーリーは、たしかにキレイだ。何度も言うが、このような影響力のあるアカウントから告発されなければ、被害者の声もかき消されてしまった可能性も多々ある。とはいえ、「拡散方法は妥当だったのか」については、しっかり検証する必要があるだろう。



















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