「忘れられていた日本人」フィリピン残留二世/いまだ清算されていない戦後

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その大野氏にいくつか質問をしてみた。

――1つのテーマを40年間も追い続ける原動力は何だったのか。

私が書いた記事や書籍がすぐに大きなインパクトを持ったわけではないが、残留二世を支援する民間の運動が息長く続き、それに触発される面もあってここまでやってきた。各地の日系人会やPNLSCなど市民社会の主導で事態が少しずつ前に進んできた。

日本国籍を回復したり、日本政府に日系二世と認定されたりして子孫が日本就労に向かってから、その家族の人生が大きく変化している。『2つの祖国』の間の国境移動のエスカレートに伴い、ディアスポラ(離散の民)としてのアイデンティティーや市民権の変化など、アカデミックな議論としても面白い素材を提供してくれたこともある。

――このテーマを追求するために新聞社をやめた?

このテーマをやることだけが理由ではない。経済部デスクになって3年半が経ち、自分のやりたいことと会社での業務がだんだん乖離していくと感じていた時、姉が53歳の若さでがんで亡くなった。やりたいことはこれ以上、先延ばしできないとの思いが募り、もう一度、英語圏で、日本と近隣アジアの問題、特に日比間の問題を勉強・研究することにした。同意してくれた妻と、子供2人も留学先のオーストラリアに伴った。

――問題は解決に向かっていると感じるか。

これまでに日本国籍を取得できたのは残留二世4000人弱(亡くなった方が大半)の4割余り。二世の年齢を考えると残された時間はわずかだ。支援団体などは就籍で一人ひとりの国籍取得を目指しているが、公的な証拠書類をそろえるのが難しいケースが大半である。

国籍問題を抜本的に解決するには『中国残留邦人等支援法』改正(08年施行)をしたときのように、議員立法で決着を図るのが本当は望ましい。公的書類の不在や不備から日本政府に『日系人』とも認定されず、三世らの日本就労をかなえていない日系家族は今も貧困や低学歴にあえいでいるケースが多い。戦争の後遺症はまだ完全には癒えていないと感じている。

――日本政府の対応は。

一言で言うと、Too little, too lateだ。ここ数年は一部の外交官が、日本国籍を求める残留二世の聴き取り調査を精力的に進めるなど、外務省は「やれることはやる」との姿勢になった。しかし市民社会が動き出すまで在外公館は、遺族年金や親族探しなどを求める二世に対して「日本国籍がない」などの理由で門前払いをしていた。

多くの二世や証言できる関係者が健在だった20年ぐらい前から政府が本格的に動き出していたら、他に1000人ぐらいの二世の国籍回復ができたのではないかという政府関係者の声を聞いたことがある。

厚生省(今の厚生労働省)は88年の現地調査開始以降、両親が日本人の純血二世しか援護対象とせず、他にも厳しい条件をつけて国費での訪日を2人に限定してしまった。

メスティーソ(混血)は日本人ではないという偏見と差別意識で凝り固まり、のちに親の戸籍に記載されて日本国民であることが判明したようなケースも援護の対象にしなかった。

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戦時中は国籍も十分に確認しないまま、二世たちを日本の軍人・軍属として使役しながら、戦後は「臭いものにふた」のような扱いをしてきた。厚生省がメスティーソを国費援護しなかったのは、他の地域の残留日本人の子孫らに飛び火することを恐れたためではないか。

――メディアはどう向き合ってきたか。

今年は戦後80年ということもあり、夏場を中心にテレビや新聞でもこの問題がよく取り上げられた。それで認知度も上がったが、どうしてこの問題がこんなに長引いているのか、政府の過去の対応はどうだったのかなど、歴史的経緯の掘り下げが弱いきらいがあった。

このため、私の新刊本では、この40年間にわたって見つめてきた日系人や日本の市民団体の動き、国会議員や政府の対応、その検証と総括にかなりのページを割いた。政治家を動かしたり、市民のシンパシーを喚起したりする意味でもメディアの役割はとても重要だが、80年の節目の後も報道が続くか危惧している。二世の年齢を考え、これからは戦後の節目の年にこだわらないで問題提起する報道を期待したい。

柴田 直治 ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

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しばた・なおじ

ジャーナリスト。元朝日新聞記者(論説副主幹、アジア総局長、マニラ支局長、大阪・東京社会部デスクなどを歴任)、近畿大学教授などを経る。著書に「ルポ フィリピンの民主主義―ピープルパワー革命からの40年」、「バンコク燃ゆ タックシンと『タイ式』民主主義」。

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