どうしてわたしは逃げているの?
と、今度は足元で甲高い音が響いて竹が割れた。逃がさないように、まずは足を狙っている。
やわらかいふくらはぎに、あの鉄の杭が刺さる光景をふいに想像する。一本でもあの鉄の杭が刺されば、もう逃げられない。
山の傾斜を登り切ると、平坦な獣道へと出た。その獣道を走る最中、再び暗闇のどこかで竹の割れる甲高い音が響いた。次の瞬間にも、あの鉄の杭が肉体のどこかへ刺さるかもしれない。
わたしはそれを望んでたんじゃないの?
奈央は奥歯をガチガチ鳴らしながら、闇雲に暗闇の中を駆けた。もう天狗山のどこをどう走っているのか見当もつかない。次に足を踏み出したとき、そこに地面はなかった。
視界はぐるぐると回転し、全身に強い衝撃が走る。山裾の傾斜を転げ落ちたらしい。
眩暈を覚えながらも、地面に片膝をついて身体を起こす。振り返って山を見上げると、頂上からこちらを見下ろす黒い影があった。
影は、闇の中へふっと紛れた。タイソン二世は、Sクラス案件を完遂するべく必ず自分を追ってくる。
どうにか立ち上がって、足を踏み出す。と、右足に鈍い痛みがあった。たぶん骨は折れてないだろうが、捻挫か打撲をしている。口の中は鉄の味がする。転げ落ちる最中に口の中を切ったらしい。シャツの袖で唇を拭うと、赤い血液がのびた。
山裾の一帯は、藪や草地や田畑になっていた。奈央は片足を引きずるようにして、畦道を駆ける。遥か遠くにぼんやりと住宅街の明かりが見えるが、この足ではおそらくあそこまで逃げきれない。
畦道の途中に、トタンの物置小屋が建っている。辺りを見回したのちに物置小屋へ入り、出入口の脇へ身を隠した。目の前に、柄の長いスコップが立て掛けてある。咄嗟にそのスコップを手に取る。
どうして? 逃げなければ、きっと楽に殺してくれる。わたしはそれを望んでたんじゃないの? 木村を殺すか、わたしを殺すか。でもわたしはもしかして、でもわたしはもしかして──?



















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