朝ドラ「ばけばけ」小泉八雲は凶悪殺人事件を追う記者だった。一時は路上生活も、抜け出した先で転機

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「私は滑稽なほど場違いな者に見られ、馬鹿にされ笑われた。私は感じやすかった──金も貰いにいかず辞めてしまった」

朝ドラ「ばけばけ」では、ハーンをモデルにしたヘブンが神経質な性格で、何かと癇癪を起すシーンがある。実際のハーンも、ややセンシティブなところがあったようだ。

仕事をいろいろと紹介してくれた知人にも見放されてしまうと、ハーンは下宿先を追い出され、警官に怒られながら路上で生活をしたり、厩舎に潜り込んで寝泊まりしたりするようになる。

そんなどん底にいたハーンの人生に転機をもたらしたのは、印刷業者ヘンリー・ワトキンとの出会いだった。

印刷業者のもとで修業して道を開く

どんなきっかけでハーンがワトキンと邂逅したのかはよくわかっていないが、ハーンが助けを求めたところ、気に入られたようだ。妹への手紙によると、こんな言葉をかけられたという。

「君は何も知らんだろう。でもまあ、私が仕込んでやろう。店で寝ればいい。給料は出せんよ。君はまだ何の役にもたたんからな。まあ、せいぜい私の話し相手になるぐらいだろう。だけど、食事はちゃんとやる」

紙を片付けたり、店の床掃除をしたり、おつかいをしたりしながら、ワトキンのもとで安定した収入を得ることができた。そして印刷の知識を身につけて、時には読書に耽り、また植字工や校正の仕事もするようになったという。

活字に触れていくうちに、自分には書く仕事が向いているのではないか。そんな思いが頭をもたげたようだ。図書館でフランス文学を読み込んで、自分で物語を書くようになると、なお、その気持ちは強くなってきたらしい。

ある日、ハーンは日刊新聞『インクワイヤラー』紙の編集室を訪れて「自分の原稿を買ってくれませんか」と持ちかけた。大胆な行動だが、その場で相手の反応をうかがう勇気はなかった。ハーンは机に原稿を置くと「妖精のように逃げ去った」と、対応した編集長のジョン・コカリルがのちに振り返っている。

原稿はアルフレッド・テニスンの新作『国王牧歌』を論評したものだったという。編集長は、たちまちハーンの文章に魅了され、3回にわたって掲載することを決める。1872年、ハーンが22歳のときにつかんだチャンスだった。

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