悩んでコケて挑戦して 哲人経営者、最後の勝負(上) 小林喜光 三菱ケミカルホールディングス社長
武田薬品工業社長で経済同友会の代表幹事、長谷川閑史が感心する。「いちばんよい方法を純粋に考え実行している。普通の経営者なら、しがらみにとらわれる。それをさらっとやってしまうところがすごい」。
研究者出身ゆえの合理性だけではない。小林を後継社長に指名した冨澤龍一(現三菱ケミカルHD取締役)が言う。「ユニークなことは間違いないが、ようやくわかった。哲学者なんだよ、アイツは」。どうやら小林の経営の基底には哲学がある。
そうであるなら、“哲人経営者”はいかにして生まれたのか。そして哲人経営者の「本当の勝負」とはいったい何なのか、である。
敗戦直後の1946年。食うものもぎりぎりというときに生を受けたから、本来、「逆境に強い。強烈に生き抜く本能を持っている」と思う。
ところが、思春期の小林少年を深くとらえたのは「存在」に対する悩みだった。中原中也の詩に夢中になり、坂口安吾や太宰治にのめり込んだ。
何で生きているのか。自ら望んで生まれたわけではない。神とか絶対者に生かされているだけなら、俺って何? 生きる意味って何? 頭の上に輝く太陽が何とも言いがたく邪魔くさい。ただひたすら悲しい。
答えが出ないままに東京大学の理系に進学した。文系を選ばなかったのは、「文学なんかやったらループにはまって自殺するしかなくなる。それがいちばん怖かったから」。
大学院に進んだ頃、東大紛争が勃発した。が、ひたすら渋谷で飲んでいた。「運動にロマンを感じるヤツもいたが、僕は燃えなかった。自分の存在という問題は暴力や政治ぐらいで解決するとも思えなかった」。