〈戦後80年〉当事者ではないからこそ…"アウシュヴィッツ唯一の日本人ガイド"が語る記憶の継承 「『平和は大事だ』で終わらせない」
――解放から80年が経ち、ガイドを続ける中で記憶の継承の難しさを感じていますか。
「80年が経ってどうするんだ」というようなことは、70年の時も、60年の時も聞かされていますが、僕が怖いと思っているのは、今年の追悼式典で、生還者の方がスピーチで「今の世界の雰囲気が当時自分たちの経験した雰囲気に似ている」と言ったことです。
当時の状況が迫っていると言う人がいる。われわれの生活したあの雰囲気に似てきたぞ、気をつけろ、早く反応しないといけないぞ、と。歴史を継承するといった次元ではなくなっている可能性がある、と生還者が言っているわけです。

――ホロコーストを起こしたナチスは極端な自民族至上主義を掲げ、民主主義国家であったワイマール共和国時代に、国民の支持を受けて台頭しました。愛国的で過激な言動が支持を集めるといった現象は、最近世界で目立つように感じます。
それぞれの時代にそれぞれ問題があるので、いま極端に悪くなっていると思わないですけど、決してよい方向には向かっていないと思います。
ヨーロッパもアメリカも、日本だって最近の話を聞くと排他的とも言えるような思想が出てきていて、世界的な傾向なのでしょうね。悪い意味で言えば排他的だけれども、一方では自分の民族、国民を大切にしようという愛国主義。そういった考え方もあれば、多様な民族が共生共存する考え方もある。いろんな考え方の人がいればいい気がしますが、お互い水と油になっているのは危ない状況だと思いますね。
歴史を捉える社会の風潮が変わってきた
――ツアーの際に、アウシュヴィッツをテーマにした2023年制作の映画『関心領域』にも言及されていました。収容所の隣にある自宅で家族と暮らすドイツ人所長の日常生活を描いた作品で、収容所から一歩出ると、所長も家族に愛情を注ぐ良き父親になると。組織の中で誰もがホロコーストの加害者になる可能性がありえた、という見方を示唆しているように感じました。
(収容所跡地に近接する)空き家を所長の家に見立てて1年ぐらいロケをしていましたが、これまでの(ユダヤ人迫害やホロコーストを描いた)『戦場のピアニスト』や『シンドラーのリスト』といった映画とは趣が違いますよね。
こうした映画がフランスのカンヌ映画祭でグランプリを取り、アメリカのアカデミー賞でも外国部門の賞を取った。昔はヨーロッパでも「ドイツが悪い」と言い、ドイツはドイツでどちらかというとヒトラーに責任を押し付けていたわけですから、歴史を捉える社会の風潮が変わってきたような気がしています。
――ホロコーストの中心的役割を担ったアドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴した哲学者のハンナ・アーレントは、彼から極悪人というよりも国家の命令に忠実な小役人的印象を受けたとして、「悪は陳腐だ」と指摘しました。『関心領域』にはそれに近いものを感じましたが、こういった知識人の問題意識が社会全体へと広がってきているのではないでしょうか。
おっしゃる通りですね。そう感じます。
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