日本の実質賃金が上がらないのはなぜ? ピケティも絶賛の「緊縮資本主義」著者が暴く、経済学者とエリートの「危ない正体」

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この緊縮の三位一体において最も重要な役割を果たしたのが、戦後、強大な権限を有するようになった財務省の一部の官僚たち、特にバジル・ブラケットとオットー・ニーマイヤーであった。

ブラケットとニーマイヤーは、名門オックスフォード大学を卒業し、高等文官試験で首席をとって財務省に入省するという秀才中の秀才であった。

この2人は、財務大臣に対して大きな影響力をもったが、官僚なので次の選挙での当選を気にする必要はないし、衆目に触れることもなく、緊縮改革のために暗躍することができた。

しかし、公共支出の削減や増税、あるいは高金利政策といった緊縮策は、大多数の国民に犠牲を強いるものであるから、それを正当化する経済理論を必要とする。

それを提供したのが、経済学者ラルフ・G・ホートリーであった。ホートリーの主著『貨幣と信用』は、1920年代の国内外の一流大学における経済学の教科書であった。

マッテイが詳細に描いた1920年代の「イギリス緊縮物語」から、読者は、イギリスにおいて、自由主義的な理論を標榜する経済学者が、テクノクラートと手を携えて、民主政治を無力化していたことを知るであろう。

ファシズムに加担した経済学者たち

同じ頃、イタリアでは、もっと恐るべき事態となっていた。自由主義的な経済学者たちは、その緊縮の理想を実現するため、ベニート・ムッソリーニのファシスト政権に与したのである。

自由主義とファシズムの結託というのは、一見すると、矛盾のように映るかもしれない。しかし、自由主義的な経済学者たちが推奨する緊縮は、その犠牲となる大多数の国民の抵抗を招く。その抵抗を撥ねのけるのに必要なのは、独裁的な権力である。それがイタリアではファシストであり、イギリスでは財務省であったということである。

イタリアの緊縮において重要な役割を果たした経済学者として、マッテイは四人を名指しした。アルベルト・デ・ステファニ、マフェオ・パンタレオーニ、ウンベルト・リッチ、そしてルイジ・エイナウディである。

エイナウディの名が挙がったのは、意外に感じるかもしれない。というのも、エイナウディはリベラル派としてファシズムには反対していたし、今日に至るまでイタリアで尊敬されてきた人物だからである。

ところが、マッテイは、1920年代にエイナウディが寄稿した多くの論考などの文献から、彼がファシズムの緊縮策を熱烈に支持していたことを暴いたのである。

この緊縮物語は、イギリスとイタリアの2カ国だけでの話ではないし、さらに言えば1920年代だけの話でもない。

本書の読者は、財政・金融・産業の緊縮と脱政治化が今日もなお、続いていることに気が付くだろう。

中野 剛志 評論家

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なかの たけし / Takeshi Nakano

1971年生まれ。東京大学教養学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2003年にNations and Nationalism Prize受賞。2005年エディンバラ大学大学院より博士号取得(政治理論)。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『政策の哲学』(集英社)など。主な論文に‘Hegel’s Theory of Economic Nationalism: Political Economy in the Philosophy of Right’ (European Journal of the History of Economic Thought), ‘Theorising Economic Nationalism’ ‘Alfred Marshall’s Economic Nationalism‘ (ともにNations and Nationalism), ‘ “Let Your Science be Human”: Hume’s Economic Methodology’ (Cambridge Journal of Economics), ‘A Critique of Held’s Cosmopolitan Democracy’ (Contemporary Political Theory), ‘War and Strange Non-Death of Neoliberalism: The Military Foundations of Modern Economic Ideologies’ (International Relations)など。

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