日本の実質賃金が上がらないのはなぜ? ピケティも絶賛の「緊縮資本主義」著者が暴く、経済学者とエリートの「危ない正体」
本書には、理論書としての側面と、歴史書としての側面がある。そして、この両面が見事に融合して、驚くべき説得力をもって迫ってくる。
先に理論面から、要点を絞って解説しよう。本書を貫くのは「緊縮(austerity)」という概念である。一般に「緊縮」とは、財政支出の抑制や増税のことを指すが、マッテイは、「財政緊縮」に加え、「金融緊縮」と「産業緊縮」という概念を提示している。
「金融緊縮」とは、通貨の価値を高めるために金利を引き上げる、いわゆる金融引き締め政策である。「産業緊縮」とは、国際競争力の強化のために、生産コスト、とりわけ賃金を引き下げる構造政策である。
マッテイは、この「財政緊縮」「金融緊縮」「産業緊縮」が相互補完的かつ三位一体となって、労働者の賃金を抑圧する強力なメカニズムとして作動すると論じた。
賃金抑制と富裕層優遇のメカニズム
具体的には、次の通りとなる。
財政緊縮は、福祉の削減と逆進課税(低所得者からより大きな割合の税を徴収すること)の強化によって、一般市民の可処分所得を減少させ、富裕層・資本家階級の力を強める。また、総需要が抑制され、輸入が減少するので、通貨の対外的価値は高くなる。こうして、財政緊縮は金融緊縮に貢献する。
金融緊縮は、金利の引き上げによって政府の借り入れコストを増加させるので、政府支出の抑制が必要になる。金融緊縮が財政緊縮への道を拓くのである。
産業緊縮は賃金を抑制するので、消費需要の減少とそれに伴う輸入の減少をもたらし、通貨の対外的価値を切り上げる。産業緊縮が金融緊縮を可能にするのである。
金融緊縮は借り入れコストを増大させるから、デフレ圧力が発生し、失業を増大させ、賃金を抑制するので、産業競争力が強化される。金融緊縮が産業緊縮を促進するというわけである。
産業緊縮は労働者の政治力を弱め、福祉の削減や逆進課税といった財政緊縮に抵抗できなくする。
財政緊縮は、公的機関や公共事業の雇用を削減し、労働予備軍(要するに失業者)を増やすので、労働組合は交渉力を失い、賃金抑制など産業緊縮がより容易になる。
この巧妙な「財政緊縮」「金融緊縮」「産業緊縮」の三位一体の構造は、いかにして可能となるのか。それは「脱政治化」によってである。
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