NATO首脳会談でわかった欧州が直面する現実(下)アメリカの引き留めには成功したものの軍事費増が経済を圧迫

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財政的な意味合いについては、「多くのNATO加盟国の財政赤字の水準は相対的に高く、一部の加盟国では財政的持続可能性が疑わしい。ドイツだけが健全な財政政策を行っており、GDPに対する赤字比率は62.5%に留まっている。

2025年にドイツ議会は憲法を改正して、債務比率の上昇を認め、軍事費を増やすことができるようになった」と指摘している。だが、ドイツ以外の国は財政的に厳しい状況に置かれている。フランスの債務比率は2024年で112%に達し、イタリアは2023年で135%と高く、IMFはイタリアに財政改革を行うように勧告している。

同報告の試算では、多くの加盟国の軍事費は3倍前後増えることになる。ドイツの2024年の軍事費885億ドルは2035年3291億ドル(3.7倍)、フランスは647億ドルが2211億ドル(3.4倍)。ベルギーは86億ドルが456億ドル(5.3倍)。デンマークは100億ドルが303億ドル(3倍)。フィンランドは70億ドルが228億ドル(3.3倍)にそれぞれ増える。その財政負担は極めて大きい。同報告は2035年のNATOの年間総軍事支出は4.2兆ドルと推計している。

同報告は「加盟国は2倍から3倍に増える軍事費を効果的に吸収できるのか」と疑問を提起している。急激かつ大幅に増える軍事費を受け止める防衛産業が国内にあるのかという疑問である。結局、増えた軍事費を使ってアメリカから武器を輸入するしかない。アメリカの武器への依存度が高まれば、NATOが目指すアメリカからの自立性が損なわれてしまう。

また、軍事費の増加はほかの予算を抑制することになり、教育や社会福祉の後退が懸念される。場合によっては増税が必要になるかもしれないが、加盟各国が置かれた政治的、社会的状況はそれぞれ異なる。そうした差を無視して、一律に軍事費のGDP比目標を設定することの合理性は疑わしい。

軍拡競争で世界経済は低成長へ

同報告は「GDPの5%の目標を達成するためには、巨額の財政資金を動員する必要がある。その規模は冷戦終結後、見られなかったような規模である。軍事費の継続的な増加は、協力と対話、国際順守、共通財を通しての平和の促進、共通利益のための国際的な関与、紛争の平和的解決という文化からの離脱を意味している」と指摘している。

トランプ大統領やアメリカの保守主義者は、人類が築き上げてきた国際的なコンセンサスを破壊することに躊躇しない。それがトランプ大統領の「一国主義」と「アメリカ・ファースト政策」の帰結なのである。負担を減らすアメリカは軍事費のGDP比率が2024年の3.4%から2035年には2.4%に低下する見込みだ(アメリカ議会予算局)。

トランプ大統領は日本に対しても軍事費増を要求してくるだろう。アジア太平洋のアメリカの同盟国が軍事費を増やせば、中国も軍事費を増やす。世界的な軍拡競争の中でアメリカだけが軍事費を減らすという奇妙な状況が生まれる。世界経済は冷戦後の軍縮で「平和の配当」を得て成長した。逆に軍拡競争は各国に大きな経済的負担を強いる。トランプ大統領の近視眼的で、独善的な発想が、世界を低成長に導く可能性が高い。

中岡 望 ジャーナリスト

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なかおか・のぞむ / Nozomu Nakaoka

国際基督教大学卒業。東京銀行(現三菱UFJ銀行)、東洋経済新報社、米ハーバード大学客員研究員、東洋英和女学院大学教授などを歴任。知米派ジャーナリストとして活躍。

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