老人ホーム”で繰り広げられる≪人生最後の恋愛≫をかけた施設と入居者の攻防。職員歴10年の著者が見た”83歳の男と81歳の認知症の女”の実話

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そんな森山栄二さんがまるぽちゃの認知症の福田サヨさんに恋をしたのである。

施設長の吉永さんの言葉に察しはついたが、「どうしたの」と尋ねてみた。

「サヨさんにいたずらをするんです」と施設長は言った。

自分が誰で、どこに居るかも分からない福田サヨさん

テーブルで真向かいに座っているふたりは、食事のときいつも顔を見あっていた。森山さんが目を細めて「うん、かわいいよ」と言うことがあった。

一方、福田サヨさんは自分が誰で、どこに居るかも分からない認知症である。付き添ってあげれば自力で歩くことができる。

が、何があっても丸い顔でにこにこしているだけ。尿意をもよおしてもトイレと言うことができない。

食事のとき箸の動きが止まり、顔が真剣になったと思った瞬間、体がブルブルッと震える。ズボンの内側から濡れが広がり始める。椅子を濡らし、床に滴り、水溜まりができて福田サヨさんのブルブルッは治まる。

そしてさっぱりした彼女は再びにこにこしている。

スタッフはにこにこなどしておれない。

それから後始末である。

まず彼女をトイレに誘導し、2階のタンスから着替えを引っ張り出してきて濡れた衣服や靴を替えなければならない。そして椅子や床の拭き掃除をし、消毒し、濡れた靴や衣服の洗濯とたくさんの仕事をしなければならない。

「バカッ、なんで言わないの」と怒っても福田サヨさんはにこにこしている。

丸い顔がかわいらしいからといって、とても恋心など抱ける相手ではない。

彼女を2階に誘導するとき、エレベーターのドアが開いても乗ろうとしない。「はい、乗って」と声かけをすると、彼女はわたしの顔を見て、はははっ、と笑う。「笑っている場合じゃないの」と少し乱暴に背中を押して、3人乗りの小さなエレベーターの箱に彼女を押しこむ。

彼女はそこら中のものに触る。

まねをしてエレベーターのボタンを押そうとする。こらっ、とその手を叩く。非常電話の受話器を取ろうとする。こらっ、とその手を叩く。手を叩かれても、彼女はわたしの顔を見て、うれしそうににこにこしている。

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