住友ゴムが半世紀を経て「ダンロップ・ブランド」で欧米市場に再チャレンジする歴史的背景

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

その後、日本の自動車産業は大きく成長し、世界有数の自動車産業国に。そして1980年代に、英国ダンロップから日本の住友ゴムに驚くべき提案があった。それが「海外ダンロップの買収」、つまりは「支社が本社を買い取る」というものだ。

この話を受けた住友ゴムは、1983年から1985年にかけて、イギリス、ドイツ、フランス、アメリカのダンロップ社を買収。世界のダンロップのリーダーとなる。

矢じりをモチーフとした「Flying D」ロゴは昔から変わらない(筆者撮影)
矢じりをモチーフとした「Flying D」ロゴは昔から変わらない(筆者撮影)

しかし、英国ダンロップがブランドを手放した理由は、経営不振だ。火中の栗を拾うかのような買収だから、1990年代に住友ゴムが苦しい時代を迎えることは必然であるといえる。

さらに、1995年に発生した阪神淡路大震災によって、神戸に構えていた主力工場は、甚大な被害を受けてしまう。

そんな、泣き面に蜂の状況であった住友ゴムに救いの手を差し伸べたのが、アメリカのグッドイヤー社であった。

グッドイヤーとの蜜月と不和

グッドイヤー社は、欧州におけるダンロップの強さを認め、住友ゴムへ、アライアンスという救いの手を差し伸べた。グローバルでのダンロップのビジネスを欧米とアジアに分け、欧米をグッドイヤー社、アジアを住友ゴムがリードするという体制を整えたのだ。

このアライアンスによって身軽になった住友ゴムは、海外へも積極的に進出する。インドネシア、中国、タイ、ブラジル、南アフリカ、トルコ……と、立て続けに生産拠点を築いて業績は急伸。

アライアンス開始の1999年から2015年にかけて、売り上げは2倍近く、営業利益は3倍以上へと伸ばすことに成功する。

その一方で、アメリカのグッドイヤーと住友ゴムの関係は、月日がたつほどに冷めてゆき、2015年にはアライアンスが解消に。しかも、欧州とアメリカのダンロップは、そのままグッドイヤーが所持し続けることとなったのだ。

これが、住友ゴムとダンロップの歴史であり、ダンロップ、グッドイヤーというビッグネームが交錯する理由である。

英国ダンロップ直系というルーツを持ち、世界のダンロップのリーダーであった住友ゴムの中には、当然「かつての姿を取り戻したい」という願望があったのだろう。

次ページ「性能が変化するタイヤ」で再びリードする
関連記事
トピックボードAD
自動車最前線の人気記事