あなたの隣にいる「普通の人」が悪魔に変わる 「ルシファー・エフェクト」から分かること
もちろんそのルールは守られた。しかし、暴力以外の嫌がらせが始まり、それが、あっという間に虐待といっていいレベルになっていった。点呼の際などに、ばかばかしいと思われるような命令をする。それに従わない、あるいは、うまくできなかった場合には腕立て伏せなどの体罰に処す。さらに、施設のスペースを利用して独房を作り、そこに放り込む。食事を与えない、などのルールを看守たちが自主的に決めて実施していく。
囚人役の学生たちは、あっという間に囚人らしく従順になってしまったが、軽い気持ちで参加したアルバイトなのに過酷すぎるという苦情が出る。そこで、「仮釈放」のためのインタビューが行われた。しかし、アルバイトから離脱する権利は与えられていたにもかかわらず、誰もそれを申し出ない。それどころか、インタビューが終わると、命じられずとも、手錠をかけてもらうように自ら手を差し出すような従順さが身についてしまっていた。
看守役もエスカレート
囚人役が囚人らしくなっただけではない、看守役もどんどんエスカレートしていく。ハンガーストライキをする囚人が現れ、それを改めさせるため、ほかの囚人に過酷な連帯責任を命じ、囚人たちに性的な行為を真似させるようにまでなっていく。
面会に来た家族まで、頼まれもしないのに、きちんと囚人の家族を演じる。心理的に不安定になって4日目にドロップアウトした囚人役学生の代わりに、あらたな囚人として監獄の様子をさぐるためのスパイが送り込まれた。しかし、そのスパイも役割を忘れて、あっという間に囚人たちに同化していく。それどころではない。ジンバルドーさえも実験に内在化されていく。
監獄の様子はモニターされていたので、ジンバルドーは状況のほとんどを把握していた。通常ならば、ドロップアウトするような心理状況を呈する囚人が出現し、ほかの囚人たちのストレスが極限まで高まったのであるから、即刻中止すべきであったと述懐する。しかし、研究の進捗を優先し、そのような行為はとらなかった。心理学の専門家である責任者までが、監獄という状況に飲み込まれてしまったのだ。
結局、実験は6日目に中止されることになった。そのきっかけは、ある程度実験が進んだ時点で初めて見学にきた、ジンバルドーの恋人である女性心理学者だった。あまりにひどい状況に大いなるショックをうけ、即刻実験を中止すべきだと進言する。それがなければ、もっと継続され、大きな問題になっていたかもしれない。
うまく仕組んであったとはいえ、たかが模擬監獄である。囚人役とはいえ、罪など犯してはいないのだから我慢を重ねるような必要はなかった。虐待の首謀者であった看守役の学生は、監獄実験の最中でさえ、その役を離れたらごく普通の若者であった。客観的にはおかしいとしか思えないのだが、監獄というシステムに割り振られ、状況が徐々に悪化し続けていくと、このような信じがたい状態になってしまうのだ。
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