きのこ採りで戦慄「熊の巣穴」見に行った男の末路 戦前の「人間と熊」の命がけの闘いを克明に描写
宙に浮いて一回転した体は足から先に斜面に着き、そのまま駈けだしていた。しかし、惰性のついた足は下りの斜面で勢いを増し、思いあまって目の前に見えた一本の細い立ち木に飛びついた。なんと、それは枯木であった。私は枯木を抱いたまま、もんどりうって転がった。
大嫌いな犬
したたかに斜面に叩きつけられ、やっとの思いで立ち上がった私は、体のどこにも痛みを感じていないことを知り、ほっとして後ろを振り返った。熊の穴の縁にノンコがいるのが見えた。ノンコは空の臭いを嗅ぐようなしぐさで高鼻を使っている。だが、その様子からして、まだ穴の中にいる熊には気づいていないようだ。
おそらく、ノンコは熊の吼える声を聞いて走ってきて、その辺りの臭いが一番強いと感じ、穴の縁に立って熊の居場所を突き止めようとしているのだろう。そして熊は、大嫌いな犬が来て穴の前に立ちふさがってしまったため、私を追って飛び出すこともできず、穴の奥深くに身を潜ませたものと見える。
ノンコが穴の中に目をつけて熊に戦いを挑むようなことになると、始末が悪い。私はただちにノンコを呼んだ。熊の吼えた声を耳にして気が立っていたのであろう、ノンコは一目散に走ってきた。
再び集まった3人は、互いの無事を確かめ合うと、一緒になって急斜面を辷り降り、支流の沢を下って約4キロの道程を走り通し、ようやく私の家に辿りついた。
後で判ったことだが、熊に吼えられて私が穴の縁から逃がれようとしたとき、ぐっと体が止まり、“後ろから熊に摑まれた”と思ったのは、穴へ近寄ろうとして這って潜り抜けたあのゾミの木に、下腹が引っかかって前へ進めなくなったためであった。だが、あのときは本当に熊に摑まれたように感じられ、背中から首筋のあたりがぞくっとしたのであった。
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