習近平の理想は始皇帝、台湾併合は中華統一の一環 強国を目指した始皇帝の思想を中国共産党が踏襲
現体制下で「大一統」が盛んに持ち上げられるのは、台湾をはじめ、新疆や香港などの周辺地域がすべて「中国」に属するべきだとする主張を裏付ける概念だからだ。ゆえに始皇帝の事績は、現代の中国共産党の価値観から見て好ましいのである。
余談ながら、「大一統」という言葉は『春秋公羊伝』が由来で、さらに『孟子』にも似た表現がある。これらはいわゆる四書5経──。つまり儒家の書物なので、秦帝国の時代には「大一統」という言葉は使われていなかったはずだが、始皇帝が実質的にその最初の実践者だったことは変わりない。
実現に近づく「始皇帝の理想」
ほか、近年の中国では「定於一尊」(一尊を定む)という政治用語が登場している。これは司馬遷の歴史書『史記』「始皇帝本紀」に由来する表現で、中国の統一者たる帝王を唯一の正しき権威とする状態を指す言葉だ。
ただし、現政権下でのこの言葉の使われ方は、多少ややこしい。当初、習近平本人が演説で言及した際には「(西側の政治制度だけが普遍的に正しいという)定於一尊になってはいけない」と、ネガティブな用法だったのだが、2018年ごろから「(習近平や党中央は)定於一尊の最高権威である」という持ち上げる文脈で、党内文献や党幹部の発言に登場するようになったからだ。
この変化については、権力を集中しすぎた習近平を遠回しに「ホメ殺し」にする目的でわざと使うようになったのか、政権内で「文革的」な気風が強まったことで始皇帝の評価が高まり用法が変わったのか、解釈が分かれるところだ。ただ、後者である可能性もある。
たとえば2020年には中国政府の海外向け雑誌『人民中国』に、「大一統」の成果として始皇帝の郡県制を称賛し、さらに「儒表法裏」(表面上は儒家だが実質は法家)という言葉を肯定的な文脈で使ったコラムが登場した。文革末期の儒法闘争を連想させる内容だ。
強大な権力が個々人を支配して「強国」を目指す法家思想を奉じた始皇帝の理想は、中国式の法治と「国家安全」を強調しつつデジタルツールを駆使して全人民を管理しようとする現代の中国共産党のもとで、最も実現に近づいているのかもしれない。
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