米大統領選、脱炭素で隔たり。政策遅延の可能性も 杉野綾子・武蔵野大学准教授に展望を聞く

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――ハリス氏の場合はどうでしょうか。

現在の政策を継続することになるだろう。ただ、市場でEVが思うように売れなければ、数年単位で更新される燃費基準の強化ペースを緩和することになろう。長期的にEVのシェア増大の意向は変わらないが、販売実績を加味したうえで規制を見直していくことになる。

――トランプ氏勝利の場合の、IRA見直しの可能性は。

IRAはバイデン政権が脱炭素化を推進するために打ち出した看板政策だが、超党派の賛成によって可決・成立した。IRAは工場立地などを通じて全米に恩恵を及ぼしており、共和党議員の支持者が多い地域でも多数のプロジェクトが立ち上がっている。トランプ氏が返り咲いたとしても、IRAを大幅に縮小することは困難だ。IRAの成立自体は党派的な投票だったが、その後、共和党優位の地域で投資が起こるにつれて共和党議員から支持が出てきた。

IRAではEVの生産でも税制優遇措置が導入されている。共和党は、中国産の原材料を閉め出す仕組みの強化を求めており、トランプ氏が政権についた場合にはアメリカ国内産またはUSMCA(アメリカ・メキシコ・カナダ協定)域内産比率の規制を強める可能性はある。

――原子力や水素分野での考え方の違いは。

共和党は原子力推進を打ち出している。民主党も同様だが、廃棄物処理のあり方や安全性を重視するという違いはある。ただし、両者で大きな差はない。革新的な技術に研究開発のための補助金を付けて支援する一方、導入については市場に委ねるという判断では共通している。

水素については、税制優遇措置の対象となるクリーン水素の要件をどこまで厳しくするかをめぐって、政府と産業界の間で対立がある。トランプ政権になったら、水素をめぐる規制案は仕切り直しとなる可能性もある。

――エネルギーや環境分野では、訴訟も相次いでいます。

私が注目しているのは6月28日の連邦最高裁判所判決の影響だ。同判決により、法令を解釈する行政機関の権限が縮小された。それまで効力を持っていた1984年最高裁判決では、行政機関が立法趣旨を推測しながら細則を決めることを当然の権限であるとしていた。しかし今回の判決ではそれを否定したうえで、解釈権を行使できるのは裁判所だけであるとした。

その結果、気候変動関連の規制の是非をめぐり、訴訟リスクが一段と高まっている。火力発電や自動車などを対象とした規制強化策に対して、保守派の提訴が一段と増加すると見られる。他方、環境重視派も訴訟を通じて対抗するだろう。

行政手続きが遅れ、混乱が起きる可能性もある。企業はそうしたリスクも踏まえたうえでビジネス戦略を構築していく必要がある。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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