SNSの登場はZ世代の学生生活をいかに変えたのか 広がるチャンスと強まる同調圧力の同時性
原田:幸運なことなのかはわからないですけど、中高と大学で、世界が大きく変わった感じはなかったです。私は、中学・高校で学級委員をして、それなりに勉強を頑張っていたので、鶴の一声でいう鶴のようなことが、どちらかというとできたのが大きな要因かもしれません。たとえば、クラスでいじめっぽいことが起きたとしても、やめようと声をかけることができた。そのうえ、一人で過ごすことにも抵抗はなかったので、集団から一時的に距離をおくこともできました。だから、中高では偏狭な集団性に悩まされるようなことはなかったように思います。
大学では大人びた人が多いとは感じますが、高校・大学問わず、お互いをリスペクトする雰囲気は変わらないと思いますね。
リーダー受難の時代
舟津:なるほど。言うなれば、原田さんは中高時代はリーダーであったということですね。
原田:いや、それは自分では迷うところです。肩書だけ見れば学級委員ではあるかもしれませんが、今になって振り返ってみると、人に対する関心があまりなかったとも言えるし、本当に慕われていたか否かって言われると、自分では疑問に思うところです。
舟津:私は中高時代の原田さんを全然知りませんけど、外から聞いている分には、めっちゃリーダーだと思いますよ。でも、原田さんの葛藤は現代的に重要なテーマで、いわばリーダー受難の時代というか。現実的にリーダーをちゃんとできている人が、それを自覚できないことが増えてきている。
「罰ゲーム化する管理職」って言われるくらい、管理職に求めるものが多くなっていて、ある意味リーダーが過大視されている。だから、自分はリーダーをできているかって考えるときのリーダーの基準が、非常に高くなっているのではないかと。
原田:そうですね。私はリーダーの役割の1つに、人の内面まで入って何かを訴えかけることがあると思っていて。おそらく、管理職も部下の人が活躍できるようにそういうことをする必要があると思うんですけど、干渉することが好まれてないようにも思ってしまって。だから、そうしたことができないのに、リーダーを名乗っていいのかなっていうのはありますね。
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