英ロータス「イメージ覆す」大変革の意外な中身 伝統的スポーツカーメーカーがSUVを作る意味
―2000年代のロータスといえば、「エリーゼ(英国風の発音はエリス)」と「エキシージ」それに「エヴォーラ」と、ラインナップは限定的でした。
おかげで、といいますか、創設者コリン・チャプマン(1928年−1982年)の時代から、ロータスのライトウェイトスポーツカーを大きく評価してくれていたのは日本です。
日本では「ロータスといえばスポーツカー」「スポーツカーといえばロータス」というイメージを持たれており、ロータスにとって大変重要な市場でした。
ロータスが新しいスポーツカーを発表するたび、日本の方々は評価してくれましたし、2016年や2017年を例にとっても、ロータスの販売のうち25%は日本市場です。
波乱万丈な“チャプマン以後”のロータス
近年のロータス(乗用車部門のロータス・カーズ)の歴史について、簡単に触れておこう。1946年創業のロータスは、いくつかの自動車ブランドと同様、いまにいたるまで、会社としては苦難のある道を歩んできた。
昔の日本車に詳しい人なら、トヨタ自動車が1981年に2代目セリカXX(ダブルエックス)を発表した際、コリン・チャプマンを広告に起用して話題になったことを知っているだろう。
実際、チャプマン率いるロータスは、セリカXXの足まわりのチューニングを手がけていたという。しかし、翌1982年にチャプマンは心臓発作で急逝。
ここから、ロータスの乗用車部門のオーナーシップは転々とする。1986年にはゼネラルモーターズに買収され、数々のGMグループ車のチューニングを担当。中には、いすゞ自動車が当時、手がけていた「ピアッツァ」や「ジェミニ」などにも「ハンドリング・バイ・ロータス」なる仕様が設定された。
1990年には、オーナーシップがブガッティ社に移った。このとき発売されたのがエリーゼだ。同社肝煎りのエンジニアリング技術により、押出成型のアルミニウム材をエポキシ系接着剤でつないだ、超軽量シャシーが話題になった。
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