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三菱「GTO」謎多きスーパースポーツ誕生の必然 もう生まれないバブルに咲いた真っ赤な大輪

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また、企業的な都合もあった。当時、三菱自動車が資本提携していたクライスラーの存在だ。クライスラー側から、「アメリカで売るスポーツカーがほしい」という要望があったという。

そこで、三菱自動車が開発・生産を担当する、クライスラーと三菱自動車の兄弟車という企画が生まれた。そう、GTOにはアメリカに兄弟がいたのだ。ダッジブランドから販売され、その名を「ステルス」という。

ボディは同じながらアメリカンな雰囲気を持つダッジ「ステルス」(写真:Stellantis)

ちなみに海外市場では商標の都合からGTOの名称は使えないため、「3000GT」の名前で販売された。忘れてしまった人も多いだろうけれど、昭和時代の三菱自動車はクライスラーと提携していたのだ。

また、販売の主戦場は日本ではなくアメリカと考えられていた。そのため従来の日本向けの三菱自動車のモデルとは関係なく、アメリカでの受けが重視されていた。それが、GTOのグラマラスなデザインの最大の理由だろう。

1840mmという全幅はNSXやセルシオよりも広く当時、国内最大級であった(写真:三菱自動車)

FFベースなのは「当時の最先端」だから

最後の疑問は、「なぜFFをベースにしていたのだろうか?」という点だ。スーパースポーツといえば、ほとんどが後輪駆動を基本としている。エンジンを縦置きしたFR、もしくはミッドシップの後輪駆動車だ。

ところがGTOは、FFベースの4WD。スポーツカーというよりも、乗用車によくあるレイアウトだ。そうした構造になったのは、当時の“技術の都合”と言えるだろう。

実のところ、GTOのメカニズムは「ギャランVR-4」と多くを共有していたのだ。

2.0リッターターボ+4WDで高性能をアピールしたギャランVR-4(写真:三菱自動車)

ギャランVR-4は、GTOのほんのわずか前になる1987年に誕生した高性能セダンで、WRC(世界ラリー選手権)参戦を目指して開発されていた。

FFベースではあるけれど、「4」の文字があるように4WDである。当時は、FFベースの4WDが技術的な最先端でもあったのだ。

実際にWRCでは、 2024年3月18日にご逝去された三菱自動車の社員ドライバーである故・篠塚建次郎選手らがドライブして優勝を獲得する活躍を見せているし、トヨタ「セリカGT-FOUR」のように同様のレイアウトを持つライバルも存在した。

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【パリダカで活躍した「パジェロ」の存在も】

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