「作りたい女と食べたい女」描く日常が共感呼ぶ訳 同性カップル扱う「きのう何食べた?」との違い
劇中では、とくにドラマチックな出来事が起きるわけではない。毎話ちょっとこだわった料理を野本が作り、春日はおいしそうにたくさん食べる。たまに一緒に買い物をしたり、週末にでかけたりするのが、2人にとってのイベントだ。
2人のキャラクターや生活は、アラサー社会人女性そのもの。明るくて周囲への気遣いができる優しい野本は、春日のことが気になりながら、彼女の迷惑になっていないかをいつも気にしつつ、距離を縮めていく。
根は正直で素直だが、周囲とのコミュニケーションがあまり上手ではなく無愛想に見えがちな春日は、ポツポツと野本の気遣いへのうれしさや感謝を口にしながら、しだいに野本の存在が生活の中にあるのが、自然になっていく。
そんな2人が楽しそうに料理を作って食べる日常の姿からは、多幸感があふれ出ている。その温かく微笑ましい様子は、視聴者にとっても日々の生活で疲弊した心を優しく包んでくれる。
「きのう何食べた?」との相違点
同性愛者の日常の機微を描くドラマとしては、西島秀俊と内野聖陽がおじさん同士の同棲カップル役を演じる『きのう何食べた?』(テレビ東京系)がある。
相手のためにこだわりの料理を作る過程から、おいしそうに食べる姿を映す点や、性的マイノリティの心情を温かく描く点は『作りたい女と食べたい女』と共通する。
一方、異なるのは、『きのう何食べた?』は、男性同士の同棲カップルへの社会からの偏見を根底にして、2人の家族やご近所さんとの関係性、当事者たちの葛藤と理解、人それぞれの生き方の尊重を描いている部分にある。
それに対して、『作りたい女と食べたい女』は、彼女たち2人の半径5メートルの生活に優しく寄り添ってフォーカスする。そこには彼女たち2人のほかは、最小限の社会しか存在しない。
シーズン1では、野本が春日との出会いを通して自身の性的指向に気づくまでと、気づいたときの心の在りようを繊細に丁寧に描いた。そこで視聴者は、野本の不安や葛藤に揺れ動く感情を共有した。
それは、異性愛者でも同性愛者でも変わらぬ、現代社会を生きる20〜30代女性の心のなかにある感情であり、共感できるものであったから、社会的な反響を得たのだろう。
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