貧困に子どもの不登校。ギリギリな日々を抜けて お金が不安で休めない養育費0のシングルマザー

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でも、体育会系特有の上下関係がストレスだったのか、帰ってくるなりドアを蹴飛ばしたり、壁を殴ったりすることが何度もありました。もう、穴があいてない壁がないくらい。近所の人が通報して、警察が来たことが3回もあったんですよ。そんな日は家にいられなくて、次男だけを連れて、無意味に外を歩きまわりました。仕事の締切があるから、本当はすぐにでも取りかからないといけない。でも、帰りたくない。進んでいく時計を見ながら、焦りで自分がどんどんおかしくなっていく……。本当にしんどい時期でした。

長男の暴力、児童相談所への保護

──その後、さらに拓也さんの状況が悪化して試練のときが続いたのですね。

中1の1学期、拓也はさみだれ登校になっていて、部活だけ出たりしていました。それが友だちから不評だったようで、あるとき「授業に出ないくせに、部活だけ出るなんてずるい」と言われて、激怒して帰ってきたんです。暴れた勢いで私に殴りかかったので、次男が警察に通報しました。連れて行かれた拓也は、「あんな家には帰りたくない」と言ったようです。すでに3回も警察沙汰になっていたので、私が虐待していると思われたのでしょう。拓也は、そのまま児童相談所に保護されました。

あのときの気持ちを思い出そうと思っても、記憶がすっぽり抜けていて、思い出せないんです。ただ、はっきり覚えているのは、いつも殴られていた次男が「よかった。これで安心して寝られる」とつぶやいたことですね。

拓也は月に1度、児童精神科に通っていたのですが、保護された翌日がちょうど予約の日でした。私が1人で出向いて「先生、間に合いませんでした。昨日、児相に保護されました」と報告したら、主治医がすごく怒って「行くところがちがうんだよ! 彼が行くべきなのは児相じゃなくて病院だよ! 思春期の子は、うつの症状が暴力というかたちで出ることがある。必要なのは保護じゃなくて治療なんだ」って。でも、一度保護されると2カ月は帰してもらえないので、このときはもうどうしようもありませんでした。

それから1年たった中2の冬、拓也は今度は部屋から出てこなくなりました。すごく痩せてしまって、トイレへ行くのもやっと。主治医に診てもらったら、やっぱりうつ病だと。1カ月ほど入院したのですが、入院生活はつらかったみたいですね。自分をコントロールできなくて突然ガラスを割ったりするような子たちもいたようで、「ここは俺のいるところじゃないと思った」と後になって話してくれました。本人いわく、思い出したくもない「黒歴史」だそうです。

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