労働組合はかつての役割から脱皮できるか−−ケネス・ロゴフ ハーバード大学教授

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 だが欧米諸国でいまだに強い労組が、十分な役割を果たしているかといえばそうではない。これらの先進諸国では、大半の労働者はすでに労組が1世紀前に勝ち取った労働条件と、それを保障する法的権利を手に入れている。労組の存在は現在では、むしろ前近代的な労働慣行や均一な給与構造の蔓延につながっているといえる。個々の労働者の努力や技術も、労組によって十分に報われなくなってしまっている。

人権問題や環境問題など取り組むべき課題は多い

 こうした先進諸国で、比較的生産性が低く、財政的な制約が緩い公共部門に労組が集中しているのは当然である。特に教員組合は、多くの国で自国の教育制度の合理化を阻止している。
 
 かつて労組は多くの国で全国的な組織を作り上げ、企業と消費者に対する強力な交渉力を手にしてきた。ところが国際貿易が一般化して、労組の独占的な力はなくなったわけではないが、衰退した。先進国の労組は、その影響力を維持するために、自由貿易交渉を阻止しようと激しく戦ってきたのである。
 
 現在、人権問題や環境問題など、労組が新たに取り組むべき課題は多い。しかし各国の労組で、新たな課題に目を向けているところは少ない。

 たとえばコロンビアでは、労組が米国との自由貿易協定に反対している。同協定の承認は米国とラテンアメリカの関係強化につながるものだが、労組の活動家はこれに反対し、「コロンビア政府は組合員を反乱分子の暴力から守ろうとしていない」と批判している。コロンビア政府は「被害を被っているのは組合員だけではない」と反論しており、実際には組合員は、一般の人ほど被害を被っていない。こうしたお門違いの批判は中国でも見られるものだ。
 
 そもそも先進国での所得配分は、労組の要求に対応するものでなく、租税と福祉制度によって行われるべきものだ。現在、多くの先進国では富裕層への課税が少なくなっている。仮に所得配分を改善するならば、低所得者に対する所得の区分を見直せばよい。中所得者が多い国の所得配分の問題は複雑だが、そこでもやはり労働者の法的な権利を高める一方、労組の問題点は改善していくべきだろう。
 
 残念ながら現在の労組は、人権問題や環境問題などの課題には目を向けず、その交渉力をやみくもに振りかざした結果、貿易と経済成長にとっての不安定要因となってしまっている。そのために先進諸国の指導者たちは、貿易や移民の問題などでお互いを攻撃し合い、労組に迎合しているのだ。このままでは労組が今後、国際経済のお荷物となってしまうのではと危惧している。

ケネス・ロゴフ●1953年生まれ。80年マサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。99年よりハーバード大学経済学部教授。国際金融分野の権威。2001~03年までIMFの経済担当顧問兼調査局長を務めた。チェスの天才としても名をはせる。

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