第一三共「3兆円契約」が株価に響かないジレンマ 市場の関心はすでに「我が世の春」の先にある

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ほかにも株価の押し下げ要因とみられるのが、提携によって、第一三共が得られる利益が半減するという点だ。

今回の提携により、メルクは3製品の開発費の半分以上を負担し、販促も共同で行うことになる。開発スピードを上げ、製品をより早く世に出すという意味では大きな支えとなるだろう。

一方で契約では、日本を除く地域での販売後の利益と販促費などをメルクと第一三共で折半する条件となっている。これは第一三共が将来的に海外で得られるはずの利益を、半分失うことになったともいえる。

薬には特許期間があるため、製薬企業は特許が切れる前に新たなヒット薬を生み出さなければならない。エンハーツの場合、少なくとも特許が有効な2030年半ばまで後発品の参入はないとみられているが、メガファーマとの提携によって新薬の開発サイクルを早める戦略は合理的だ。

ただ、新薬の継続的な開発には巨費がかかるため、会社の長期的成長を考えると、その原資をまかなうための利益の追求も欠かせない。実際、奥澤社長は6月に東洋経済が行ったインタビューで、今後の研究開発費用をまかなうためにも、企業規模のさらなる拡大を目指すと言及している。

グローバル企業へ脱皮できるか

もともとエンハーツが成功する前の第一三共は、海外売上高比率が4割以下と、ほかの製薬大手と比べて国内を中心に事業展開をしてきた。エンハーツの拡大によって急速に海外比率が高まっている状況だが、会社のグローバル化への対応はこれからという面も多い。

今回の提携によってメルクの販売力を借りることはできる反面、海外市場を開拓するノウハウを社内にどこまで蓄積できるかは不透明だ。UBS証券の春田かすみアナリストは「がん領域でグローバル企業を目指すのであれば、リスクを取って自社販売するという選択肢もあったはず。3製品すべてでメルクと提携したという点に、会社の保守性を感じた」と指摘する。

ほかの開発薬の動向でも、注視すべき点がある。エンハーツと同様のADC技術を用いてアストラゼネカと開発中の抗がん剤「Dato-DXd」だ。

Datoは肺がん向けで治験の最終段階にあった。しかし7月、がんの増悪は抑えられたものの、既存薬を使った患者とDatoを投与した患者を比べた場合に生存期間では差がつかなかったという結果が発表された。この発表後に株価は大きく下落。第一三共は「最終解析まで引き続き評価する」としているが、結果の発表時期は今のところ明示されていない。

投資家の関心が「エンハーツ後」へと移る中、がん領域での独自技術をバネにグローバル企業へと脱皮できるか。市場の信頼を高めるには、中長期的な成長へとつながる要素を継続して示していくことが求められる。

兵頭 輝夏 東洋経済 記者

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ひょうどう きか / Kika Hyodo

愛媛県出身。東京外国語大学で中東地域を専攻。2019年東洋経済新報社入社、飲料・食品業界を取材し「ストロング系チューハイの是非」「ビジネスと人権」などの特集を担当。現在は製薬、医療業界を取材中。

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