後期研修医が大学病院にとって「都合がいい」理由 勤務時間減では解決しない「医師の働き方」改革

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わが国では「後期研修病院」と名乗って若手医師を募集している病院で、こんな無法が許されている。この状況で、2024年から労働時間規制が導入されれば、さらに事態は悪化しかねない。それは、厚労省が大学の関連病院の労働時間も時間外労働に含めるよう通知しているからだ。このスキームでは、医師が所属する大学病院の許可が得られた場合にのみ、外来診療や夜間当直などのアルバイトが認められる。

どの病院へ出向するかの判断は、病院や医局の教授に委ねられ、若手医師を抱える病院の立場が強くなる。この制度が運用されれば、地域の医師不足はさらに悪化していくだろう。

まずやるべきは、厚労省と同機構の関係を見直し、補助金を止めることだ。「厚労省のお墨付き」の影響は大きい。法的根拠を持たない、つまり誰からもチェックされない独占組織は廃止、あるいは分割するのがいい。

厚労省が医療法などを改正し、医師が業務委託契約で診療するのを認めることも必要だ。現行では医師の派遣業務は禁じられており、常勤であれ、非常勤であれ、病院と医師の雇用契約が求められる。

これは生涯にわたり自己研鑽が求められる医師にとって都合の良い働き方ではない。甲南医療センターで問題となったように、学会発表の準備が業務なのかプライベートなのかで問題となるのは、勤務医として病院と雇用契約を結んでいるからだ。医師は勤務医という名前の「労働者」として扱われ、病院はコストとなる自己研鑽を業務とは認めたがらない。

このような問題は独立事業者には存在しない。勉強のための教科書の購入や学会参加費も経費に計上できる。

若手医師を囲い込む大学病院

古今東西、医師は個人事業者としての性格が強い。その組織体はパートナー制だ。若いうちは先輩の指導を仰ぎ、やがて独立する。共同でオフィスを構え、秘書を雇う。かつて自分がやってもらったように若手医師を雇用し、指導することもできる。

権威主義的な傾向はあるものの、かつての大学医局はこのような側面が強かった。国からの補助金が多く、大学病院の経営状態が良好だったため、多くの医局員を関連病院に出向させたり、研究に従事させたりすることができた。

ところが、近年、経営が悪化した大学病院は、少しでも収益を上げるために若手医師を囲い込むようになった。これが医学部の定員を増員しても、いっこうに地域の医師不足が解消されない原因だ。これは若手医師にとっても患者にとっても不幸だ。その犠牲者の1人が、自殺した甲南医療センターの元後期研修医ともいえる。

日本の医療提供体制は崩壊の危機にある。厚労省や医療提供者の都合でなく、患者視点での議論が必要だ。

上 昌広 医療ガバナンス研究所理事長

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かみ まさひろ / Masahiro Kami

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。

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