ソウル・梨泰院雑踏事故で生き残った2人の1年 「記憶と安全の道」真相究明と記憶継承への思い

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ソウル・梨泰院の雑踏事故現場に設置された、犠牲者追悼のメッセージなどを表示する電子掲示板(写真・共同)

2022年10月29日、それぞれの理由で韓国ソウルの梨泰院(イテウォン)を訪れた159人は、「雑踏事故の犠牲者」となった。事故に遭いながらも、かろうじて生き延びた彼らの日常も崩れ去った。

誰よりも平凡な人生を夢見たキム・チョロンさん(33)と20代後半のイ・ガヨン(仮名)さんも同じだった。事故以降、寝て、食べて、働くという平凡な1日を取り戻そうと必死にもがいてきた彼らは、繰り返される2次加害に苦しめられなければならなかった。

怒りと悲しみに沈みながらも、再び勇気を出して立ち向かいながら事故後の1年を過ごした2人に会った。

「事故生存者」親にも打ち明けられず…

この日、梨泰院駅の1番出口近くのハミルトンホテル横の路地に立っていたガヨンさんは、かろうじて生き延びた。全身に広がった筋肉痛は1週間が過ぎると次第に鎮まったが、すぐにパニック症状が始まった。

家の近所の繁華街を通り過ぎるのが辛く、バスも心穏やかに乗ることができなかった。眠りにつけず、急に息苦しさを感じてガヨンさんが寝返りを打つと、母親が背中をとんとんと叩いてくれた。

ガヨンさんは「家の外ではいつ、誰が自分を攻撃してくるかわからなかった」という。形容しがたい罪悪感から、SNSを通じて「梨泰院雑踏事故生存者」であると打ち明けるいなや、ある知人から「あなたは被害者であると同時に加害者だ」というコメントを受け取った。

精神的な痛みを共有するために入ったチャットルームでは1人の参加者に「目の前がどんな状況になっていたのかわかっていたなら、対処できたのではないのか」と責めるような質問を投げかけられたが、制止してくれる人は誰もいなかった。政治家たちも事故の責任を個人に押し付けて2次加害を招く状況で、安全な居場所などなかった。

最近、事故以降1年間の出来事を本にしたチョロンさんは、梨泰院雑踏事故の国政調査公聴会に出席するまで、両親に自分が事故の生存者であることを明かせなかった。

チョロンさんは「精神科の先生以外、私の苦しみを理解してもらえないと思った。あの日、あの場所に行ってはならなかったのでは」と長い間自分を責めたと打ち明けた。事故以降、かなり長い時間全身を抑えつけていた罪悪感は、2017年に梨泰院通りを撮った写真を偶然見たことで少し軽くなった。

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