「2020年9.4兆円の赤字」を大幅に減らす方法 「社会保障費抑制」への具体的な道筋とは

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地域医療構想は、前掲の拙稿で述べたが、病床(ベッド)再編を進めるための仕組みである。地域医療構想は、2015年度から各都道府県で順次作成されることとなっている。今後、高齢者の患者がさらに増える都市部では病床を増やす必要があるのだが、人口全体も高齢者人口も減る地域では、患者が減ることが予見されており、計画的に病床を減らさなければ、患者のいない空きベッドが固定費として病院経営を圧迫する。

地域医療構想を有効活用、医療費適正化計画を実行せよ

したがって、そうした地域では、地域医療構想にて将来の医療需要(1日当たり患者数等)を推計し、病床を計画的に削減して行くこととなる。これにより、病院経営の悪化を防ぎ、患者の不必要な入院を減らして患者の自己負担を減らし、国民全体として保険料負担を抑制して可処分所得の減少を防ぎ、税財源の投入が抑制されることで財政収支の改善に寄与する。こうした医療費の抑制は、少ない摩擦で実現できることである。

地域医療構想で推計された医療需要(1日当たり患者数等)のデータは、医療費の予測にも活用できる。単純化していえば、1日当たり入院患者数に、病床稼働率(既存のベッドのうち入院患者を受け入れているベッドの割合)の逆数を乗じれば、各地域で必要な病床数が推計できる。そして、1日当たり患者数に1日当たり医療単価を乗じれば、1日当たりの医療費が計算できる。既存の枠組みとして、各都道府県は医療費適正化計画を策定することとされており、今後医療費適正化計画を改定する際にも、地域医療構想で用いた情報が共有できる。

そもそも、医療費適正化計画とは、医療費の伸びが過大とならないよう、疾病の予防や平均在院日数の短縮を図るなど、計画的な医療費の適正化対策を推進するべく、各都道府県が国と協力しながら策定するものである。各都道府県も、医療給付のうち税財源で県が支出する分を負担しているので、医療費の伸びが過大にならないようにするインセンティブがある。ただ、これまでは、計画は立てられるが、計画通りになるように県が主体的に行使できる政策手段がなかった。

今回、地域医療構想を各都道府県で策定されることとなったため、まずは病床再編を通じて、医療費適正化計画を計画どおりに進められるようになる。さらには、2014年度の消費税率引き上げに伴い、増税による財源で地域医療介護総合確保基金(2015年度の予算額で1628億円)を各都道府県に設けることとなり、この財源で、各都道府県が医療機関や介護事業者に対して補助金などを交付することで、計画が滞りなく進められるようになった。

介護でも、前掲の拙稿で述べたが、2015年度から軽度者に対する介護サービスを地域支援事業に移すこととした。これまで、この軽度者に対する介護サービスは全国画一的に単価を決めて、各市町村で独自にメリハリをつけることができなかった。

しかし、ボランティアが積極的に活用できる地域では、軽度者へのサービスの中で介護専門職でなくてもできるものは、率先してボランティアを活用して、ケアを継続しつつ介護給付を抑制できるようになった。こうした工夫が各地で行われることで、貴重な人材である介護専門職のケアが不可欠な重度者へ重点化できるとともに、全体としての介護給付費を無理なく抑制できるだろう。

このように、既存の社会保障改革の路線を着実に実施すれば、医療や介護の質の向上にも寄与するとともに、2020年度の基礎的財政収支黒字化に向けた収支改善にも寄与する。ただし、これらの政策手段だけでは約9.4兆円の収支改善をすべて賄うことはできない。さらなる改革策を編み出すべく知恵を惜しみなく出すべきときである。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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