元偏差値39の東大生が「勉強が面白くなった」瞬間 効率よりも「自分に合った勉強」が効果を高める
「自分の学校の友人たちはみんな、音楽、美術、運動、家庭科など、1人ひとり得意なことがあり、かっこいいなぁと心から思っていました。でも、自分はなにをやってもうまくいかなくて……。自分には、得意なことも、胸を張れるものも何もなかったんです。『自分も友人たちのように、なにか自分の強みを持ってみたい!』と思うようになりました。自分でも努力したらなんとかなるかもしれない、と思えたのが勉強だったんです」
話してみて非常に強く感じたのですが、彼女は、人よりも何倍も「自信がない」人でした。
「自分はどうしてこんなこともできないんだろう」「他の人にはできるのに、自分はなんて不器用なんだろう」と考えることが多かった彼女は、その自信のなさをバネにして、勉強にのぞむようになったと言います。
もう1つ、彼女が東大を目指したきっかけがありました。それは、中学時代にマーシャル諸島に行った時のことでした。
「『ミクロネシア諸島自然体験交流事業』というものに応募して、初めて海外に行ったんです。その時に、その大自然に対して非常に感動してしまって。『世界には、自分の知らないもっと素晴らしい世界があるんだ』と考えるようになって、『いろいろな世界を見てみたい! 学んでみたい!』と思うようになったんです」
この出来事がきっかけで、より広い世界を見ることができる場所として、東大を目指すようになったのだと言います。東大は、1~2年生の間はどの学部でもかなり自由に好きな授業を受けることができ、そのあとで、自分の好きな学部にいくことができます。この制度は、彼女の「自分の知らない世界を見てみたい」という願望ととてもマッチしていたのだと言います。
ちなみに、彼女は東大合格後、実際にこの制度をフル活用して、文系で入学したにもかかわらず大学3年生から理転して農学部に入り、今では海洋の研究を行っているのだとか。
偏差値30台、あだ名は「耳なし芳一」
しかし、彼女の当時の学力は偏差値30台。東大とはかなりの距離がありました。そのギャップを埋めるために、彼女はとんでもない勉強をしていました。
「手や腕や爪や脚などに覚えなければならない英単語や歴史の年号・イベントを書いて、普段から見るようにしていました。こうすれば、体育の時間でも、行き帰りのちょっとした時間でも勉強できるので。テニスとかをするときも、手をいろんな角度から見ることができるので、単語を見ることができるんですよね」
小さい時のおつかいのように、手や腕に単語を「書いて」覚えていたわけですね。ちなみに、当時の彼女のあだ名は「耳なし芳一」。耳以外の身体全体にお経を書いていた「耳なし芳一」のエピソードとそっくりだったそうです。
「学校の行き帰りでも、単語帳を見つつ、リスニングをしながら歩いていました。シャドーイングといって、英語を耳で聞きながら自分でも発音する勉強もしていたので、すれ違った人に何度か振り返られましたね」
そりゃ、身体にいろんな単語が書いてある女の子がボソボソ何かを発音しながら、何かを聞きながら、単語帳を見ながら歩いていたら、2度見どころか3度見するだろうなと思うのですが、そこまで本気になって勉強していたわけですね。
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