「レアメタルの宝庫」深海の資源採掘めぐり大紛糾 ベンチャーが小国抱き込み、国際会議でゴーサイン狙う

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キングストンでの理事会および総会は、紛糾が必至とみられる。

フランスはマクロン大統領自らが深海採掘そのものを禁止すべきだと主張し、ドイツは3月の理事会で深海採掘の「予防的一時停止」を求めた。コスタリカやチリなどの中南米諸国や、フィジー、パラオ、バヌアツなどの太平洋の島嶼国も、環境保護を重視して拙速な開発に反対の姿勢を見せている。資源大国のカナダも7月11日、一時停止を求める政府声明を発表した。

他方、深海採掘に積極的なのが、中国、韓国、ロシアなど。これらの国はすでに太平洋ハワイ沖の「クラリオン・クリッパートン・ゾーン」(水深4000~6000メートル)と呼ばれる海域でコバルトなどが含まれる多金属団塊の探査を実施している。

採掘による深海に生息する生物への影響が懸念されている(写真:NOAA)

同じく探査を進める日本も「きちんとしたルールに基づいて開発を進めるべき」(経済産業省鉱物資源課の土井義人課長補佐)という立場を取る。ISAの理事会や総会には地球環境分野を所管する環境省の職員は参加せず、外務省および資源開発を所管する経産省で代表団を構成している。

産業側をみると、深海採掘の一時停止を求めるキャンペーンに賛同している世界企業も存在する。BMWやフォルクスワーゲン、ルノー、グーグル、サムスンSDI、フィリップス、パタゴニアなどの31社だ。この中に日本企業はいない。

海洋科学および政策に関する専門家769人も、一時停止を求める声明に署名している。科学者らは、深海採掘による土煙で生物が窒息死することや、騒音、光害、有害物質により深海の生態系に不可逆的な悪影響が及ぶことを危惧している。

強気のベンチャー企業、過去には倒産歴も

世界に波紋を巻き起こしたTMC社は、強気の姿勢を崩していない。同社はホームページで「深海採掘による環境・社会コストは陸上での開発と比べて70~99%も低い」と主張。採掘許可が得られた場合、2024年に小規模な商業採掘を開始し、2025年には年間の生産量を1000万トン規模に拡大させるという壮大な構想を打ち出している。

CEO(最高経営責任者)のジェラルド・バロン氏は、ISA事務局長のマイケル・ロッジ氏との蜜月ぶりが、しばしば外国のメディアで報じられている。そのバロン氏率いるTMC社の命運もISAの会合に委ねられている。

アメリカ・ナスダック市場に上場するTMC社の株価は、直近こそISA会合の帰趨を意識した思惑買いで2ドル50セントに持ち直している。だが、6月初めまでの1年以上にわたり1ドルに満たない時期が続いていた。

同社の前身企業であるノーティラス・ミネラルズ社は、パプアニューギニア沖での資源開発がうまくいかずに2019年に経営破綻し、その後、SPAC(特別買収目的会社)と合併して再起した経緯がある。

TMC社は今やナウルのみならず、トンガおよびキリバスともパートナーシップを締結して深海採掘を進めようとしている。ただし世界で実用化が実現できた例はない。TMC社の採掘が軌道に乗るかも定かでない。

「ルールがない中での採掘許可は言語道断だが、何らかの形でルールが合意された場合、採掘ラッシュのゴーサインにつながりかねない」。深海採掘反対の国際キャンペーンに参加するNPO法人アジア太平洋資料センターの田中滋事務局長はそう懸念する。

ISAでは重要事項の決定は全会一致が原則だが、3分の2の賛成で決められるとするルールもある。ただ、これまでに3分の2条項が発動されたことはないとされ、今回、深海採掘のルールそのものが決まるかどうかは未知数だ。決まらない場合、ナウルやTMC社に採掘が認められるかどうかも定かではない。

深海採掘については取り返しのつかない環境破壊をもたらしかねないと危惧する声も多い。日本の読者も無関心ではいられない。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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