東急、田園都市線の引退車両「一般販売」した背景 病院が「8500系」を購入、設置に向けて工場搬出

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その中で決まったのが、応募順位で11件目の東京さつきホスピタルだった。8500系の設置は、精神科病院を「気楽に行ける場所にしたい」との願いがある。車両そのものは前述の通り176万円だが、設置のための地盤改良などを含めた総費用は約7500万円。費用にはクラウドファンディングを活用し、東急側も全面協力した。

特定医療法人社団研精会グループ・社会福祉法人新樹会の諏訪智理事は、「車両自体は比較的安価だが、交渉を重ねる中で設置場所の地盤改良や車両のアスベスト除去などの追加費用がかさむことがわかった」といい、クラウドファンディングでの資金調達を実施。設置資金への寄付というだけでなく、精神科医療について広く知ってもらうという観点も含めて実行したと話す。多くの支援があり、金額は最終的に5000万円を突破した。

4月下旬に長津田の車両工場を出発した「東京さつきホスピタル」行きの8500系は、現在はアスベスト除去など保存に向けた整備を行っているという。残る3両については、1両丸ごとの販売が現状で1件交渉中。カットモデルは2件とも希望者が設置場所や重さなどの条件で断念し、この2両については運転台のみを販売した。申し込み順が1・2番の人に声をかけたところ、「ぜひ欲しい、と非常に喜んでいただけた」(門田さん)といい、すでに引き渡し済みだという。

トレーラーに積まれた8500系
長津田車両工場の建屋からトレーラーで搬出された8500系(記者撮影)

8500系が「形として残った」

コロナ禍による鉄道の苦境が背景となった車両の一般向け販売。今後も同様の「特別販売」を行うかどうかは、現時点ではとくに決まっていない。まだ一部が残っている8500系についても扱いは未定だ。将来的にほかの車種で廃車が出た場合も、基本は地方鉄道への譲渡をメインに考えているという。

東急の代表的車両の1つとして長年走り続けてきた8500系について、門田さんは「小さいころから乗っていた車両で、入社後も『東急の顔』『多摩田園都市の顔』というイメージだった」とその印象を語る。東急は自社での保存車両がほとんどなく、「電車とバスの博物館」にある一部程度だ。そんな中、今回の販売によって8500系が「『形に残る』取り組みができたのはよかったのではないかと思う」と話す。

今回搬出された8530号が病院にお目見えするのは今秋の予定だ。これまで大勢の通勤客を乗せて走り続けてきた車両は、新たな役割を担って「第2の人生」を歩み始める。

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小佐野 景寿 東洋経済 記者

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おさの かげとし / Kagetoshi Osano

1978年生まれ。地方紙記者を経て2013年に独立。「小佐野カゲトシ」のペンネームで国内の鉄道計画や海外の鉄道事情をテーマに取材・執筆。2015年11月から東洋経済新報社記者。

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