大人ひとり、カブトムシを東京でせっせと探す理由 他人の顔色を気にしない「ひとりあそび」の方法
それ以降僕は毎年、夏が来るたびに一度は「みんな」でワイワイと夜の森に出かけている。夏の夜に大勢で森に出かけるのは、ちょっと変わったピクニックとしてとても楽しい。森の中を、セミに驚いたり蚊に悪戦苦闘したりしながら、懐中電灯を片手にカブトムシを探し回るのはまるで宝探しのようだった。
しかしここ数年、僕はそれとは別に「ひとり」でせっせとカブトムシを探しに出かけるようになった。ひとりでも採りに行くようになった理由はいくつかあるのだけど、一番の理由は、たぶん僕の周囲の人間で僕だけがカブトムシ「そのもの」にこだわっていたからだ。
他の仲間たちは、「久しぶりに虫採りをしてみたい」とか、「夜のピクニックに出かけたい」とは思っていたけれど、実際にそこで出会える虫そのものにはそれほどこだわっていなかったのだと思う。しかし、僕は違った。僕はカブトムシなどの虫たちに触れることそのものが好きだった。だから僕は、ひとりでもよく、虫を探しに出かけるようになった。
夏の森の朝はとても賑やかだ。ほとんどの人間はまだ眠っている時間なのだけれども、鳥や虫たちは(種類によっては)活発に活動している。こうしていると、人間たちの 世の中がどんなリズムやルールで動いていようと、世界は必ずしもそれがすべてじゃないんだということを実感する。
「みんな」ではなく「ひとり」だから見えるもの
ひとりで来ると、他の人と会話をしたり気をつかったりしないぶん、森の匂いや音をはっきりと感じることができる。カブトムシを探すときは、虫の集まっている樹液の出ている木を探すことになる。このとき意外と役に立つのが樹液の「匂い」だ。森の中でちょっと酸っぱい、こもったような匂いがしたら、その方向に向かう。匂いをたどって近づいていくとカブトムシやクワガタだけではない、いろいろな虫——カナブンやスズメバチなど——の羽の音が聞こえてくる。
ある木の周辺だけが、異様な匂いと騒がしい羽音に溢れていて、そこは森の中でも、ちょっと特別な空間になっている。たった数メートル先に道路や住宅がある場所に、普段はまったく接することのない生き物たちがひしめいているのだ。こうした特別な空間を探して、誰とも話さずに、目と鼻と耳を使っているこの時間に、僕は普段とはまったく違う頭と身体の使い方をしている。それはとても気持ちのいい体験だ。そして、僕はこの時間がとても好きだ。
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