コーヒーのおいしい街は、幸福度が高い?

道玄坂の人気コーヒースタンドが目指すこと

実家が工務店を営む坂尾さんは、建築専門学校を卒業後、2年ほどゼネコンで働いた。その後、地元の千葉県に戻って大工の仕事に就くが、田舎暮らしに物足りなさと閉塞感をおぼえるようになる。そんな時期に読んで感化されたのが沢木耕太郎の『深夜特急』。旅への憧れが募り、24歳でオーストラリアへの語学留学を思い立つ。最初の旅である。

コーヒーの道へと進んだきっかけはオーストラリアへの留学だった

オーストラリアはカフェ文化が成熟した国として知られているが、それが理由で選んだわけではない。たまたま、ワーキングホリデーで語学留学がしやすい国のひとつだったのだ。偶然か運命か、その選択がコーヒーの道へと坂尾さんを導いていく。

「シドニーでのホームステイ先のシェアメイトが毎朝、学校に行く前に必ずカフェに寄ってコーヒーを飲んでいた。コーヒーが日常生活と密接に結びついていたんです」

おいしいコーヒーのある暮らしに強い印象を受け、カフェを開くことを決意。バックパッカーとして念願のアジア15カ国を旅して帰国すると、すぐに東京・新宿の「ポールバセット」でバリスタ修業を開始した。2009年のことである。シドニーに本店を持つポールバセットは、当時の日本で本格的なエスプレッソを提供する数少ないコーヒー店のひとつだった。

2011年、東日本大震災が変えたもの

腕に覚えのあるバリスタが集まっていたポールバセットで、2年半に渡ってエスプレッソ抽出の技術を磨いた坂尾さん。独立のきっかけとなったのは、2011年3月11日の大震災だった。被災地でいち早く活動を開始した東京のグループに連絡を取り、5月に宮城県石巻市で瓦礫撤去のボランティアに加わる。「開発途上国を旅するバックパッカーたちは、現地で1日だけのボランティアをすることも多く、僕にとって活動への参加は自然なことでした」。これが人生を変える2度目の"旅"となった。

5月の石巻市は、ニュース映像を見て覚悟していたよりもはるかに瓦礫撤去が進んでいた。坂尾さんを独立開業へと動かしたのは、自分がすぐに現地に駆けつけることができなかったという事実だった。加わったボランティアグループのリーダーは、自分より若かったにもかかわらず、迅速に高速道路通行などの許可を取りつけ、地震から3日後には早くも被災地で活動を始めていた。それに比べると――。

「僕は会社に所属していたから日常業務を優先する義務があり、すぐにはまとまった休暇を取ることができなかった。バックパックの旅の間は毎日、自分で今日一日は何をするのか考えて行動していたのに、いつの間にか日々の仕事に追われて、流されるままになっていた」。

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